■星が降る街
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あの街から、あの恋から逃げるように生きて、もう二年。
あたしはまだ、新しい恋もできないままでいる。
今日は、七夕。
星の河を渡り、引き裂かれた恋人同士がめぐり合えるという、一年にたった一度の日。
しかも、それは「晴れた夜の澄んだ星空」でなければならないという、ロマンティックな偶然を辿る伝説。

あの頃を引き摺ったままのあたしは、あの頃、あの人とよく行った場所へ向かって車を走らせていた。
そこから見下ろす街は、あの人と寄り添い歩いた街。
抱いて、抱かれて、そんな思い出がいっぱい詰まった街。
くねくねと曲がり続けるカーブを上り、そこへと少しずつ近づいていく。
自分自身の鼓動が、車の中で響いているような気がしていた。
「あの場所」へ近づくことがそのまま、「あの人」の元へと戻るような、そんな錯覚をあたしに与える。

今だって、鮮明に覚えているんだ。
出会った日のことも、彼と過ごした日々も、そして、別れの日のことも。
お互いきっと、嫌いになったわけじゃない。
なのに、どうして離れてしまったんだろう。
瞼の奥から、熱いものがこみあげそうになる。

あかん、まだ早い。
泣くには、まだ早すぎる…やろ?

あたしは自分に言い聞かせると、ハンドルをぐっと握り締めたまま思いを巡らせた。

もっと強くなれれば、乗り越えられたのかもしれない。
今、この瞬間も、あたしは運転席ではなく助手席で、あの場所を目指せたかもしれなかった。
幼かったあたしは、その幼い恋心をそのまま彼にぶつけた。
いつか終わるだろうと感じていたくせに、まるで子供のように、あたしは、あの人を解き放つことを拒み続けていた。
ただ、その気持ちだけで続いていたような恋だった。

「もう、会われへんかもしれん。」
と、ほんの少しの可能性を残すような彼からの言葉。
でも、「もしかしたら、これからも。」の可能性なんて皆無であることを分からないほど、あたしもバカにはなりきれなかったのだ。
幼く、弱かったあたしは、二人の間に横たわる問題を、何一つ解決し、乗り越えることすらできなかった。
だから、終わった。
あんなに甘くて、幸せで、夢に溢れた恋が終わった。
苦しくて、切なくて、もう二度と感じることができない思いは、途切れた。

車は、「再度山」のパーキングエリアへと吸い込まれ、あたしはゆっくりとドアを開けた。
夏とはいえ、夜は少し涼しい風が吹く。
「恋が叶う」などと言われている、そのらせん状の橋を、しばらく食い入るように見つめていた。
この「ビーナスブリッジ」からは、神戸の夜景が割と間近に見ることができる。
橋のあちこちには、ここを訪れたカップルたちが残したと思われる、落書きや南京錠。
あたしと彼が掛けた鍵も、残っているかもしれない。
二人の恋が、永遠に続くようにと、こんなに愛し合っているのだと、思いを込めて掛けた鍵。
こんなにたくさんあるのでは、きっと見つけられないだろうと思うけれど。

晴れた七夕の夜ということもあって、そこそこカップルの姿が見受けられる。
空を見上げると、星もちらちらと光っていた。
「彼ら」は出会えただろうか。この星たちの河を越えて。

クリスタルタワーからハーバーランド。
モザイクに、メリケンパーク、神戸港。
ポートアイランド、三宮。

二人で何度も歩いた街が、眼下に広がる。

「ほんま、こっちの方が星みたいに光っとうなあ。」

いつか神戸弁でそう言った、彼の言葉が耳の奥で聞こえた気がした。

なあ、あたしらが歩いた街に星が降ってるよ。

心の中で、そっと彼に語り掛けた。

誰も悪くなどなかった。
だけど、結ばれる二人ではなかった。
ただ、それだけ。

あの頃の夢が、希望が、思い出が、いっぱい詰まった街。

今のあたしには、あの頃の彼の気持ちが分かるのに。
少しだけ、あの頃よりも大人になったあたしなら。

あたしを突き放したのは、彼が悪かったわけじゃない。
あんなに優しい人だもの。
あたしが一番よく、それを分かっていたはずだもの。
あの星のように輝く光の一つひとつに、あたしたちの思い出が、恋が、眠ってる。
ちょうどこんな夜に、あたしたちは肩を寄せ合い、熱く求め合った。
言葉なんていらなかった。
あなたの眼差しやあったかい胸から、いつも愛情を貰ってた。

ほんまに、好きやってんよ。

もう一度、心の中で彼に言う。

目の前に広がる光が、ぼんやりと霞んできたとき、あたしはやっと、自分が泣いてることに気がついた。

もう、ええやんな?
泣いても、ええやろ?

こんな泣き顔もいっぱい見せたはずだ。
そんなあたしも、優しく抱きしめてくれた。
あたしの全部、あなたに抱いてもらった。

なあ、この街のどこかで今も暮らしてるんやろうか?
元気か?幸せか?
ずっとずっと、ええオトコでいてよ。
あたしがこんなに愛した人やから。

バッグからハンカチを取り出して、濡れた頬を拭おうとしてやめた。
他人が見てたって、構わない。
今日は泣いてもいいんだと、自分で決めたのだから。
ここに来ようと、この街の夜景が見たい、と思い立ったときから、思い切り泣くのだと決めていた。

ほんまに、ほんまに幸せやった。
この街であなたに出会えて、この街をあなたと歩けて。
こんなにきれいな街で、あたしたちは愛し合った。
それだけで、ええやん。

愛してくれて、ありがとう。
あんなに弱くて、幼かったあたしを、守ってくれてありがとう。

また、涙が溢れてくる。
ガマンなんてする必要はない。泣けばいい。
この、星のように輝く街に包まれて、今夜はいっぱい泣けばいい。
あの光のどれか一つが、あなたのいるその場所であることを祈りながら。
たくさんの「ありがとう」と「さようなら」を詰め込んで、あたしはここで泣けばいい。

七夕の夜、やっとあたしはあなたに会えた。
思い出の詰まった、この街に会えたよ。

もう一度空を見上げると、星たちはちかちかと光りながら、何かを告げているように思えて仕方なかった。

あんたらも、会えたんやね。

勝手にそう決め付けて、あたしは涙を流したままでそっと微笑んだ。

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