「・・午後からの降水確率は50%です。傘をお持ちになってお出かけ下さい。時刻は間もなく、7時になります・・」
私は、まだ眠いベッドの中で、女性アナウンサーの声を聞いていた。 昨夜のお酒が、まだ身体の中でぽかぽかしている気がした。 起き上がり、足元を見ると、昨日着ていた服が脱いだままの形で散らばっている。 一枚ずつ拾い上げると、濃いブラウンのジャケットから煙草の匂いがした。 今の恋人は、ヘビースモーカーだ。 彼の車に乗ると、服はもちろん、髪にも煙草の匂いがしみついてしまう。 シャワーを浴びなくては。 そっと、自分の髪の匂いを嗅いでみる。 このまま仕事に出るわけにはいかない。
簡単にシャワーを済ませ、鏡に映る自分を見た。 濡れた髪、少し腫れぼったい目、ぼんやりと開いたくちびる。 疲れた顔をしている・・・。 つい数時間前まで、愛する男と一緒にいた女の顔とは思えない。 そう思いながらも、感傷に浸ってる時間なんてない。 早く髪を乾かして、化粧をして・・・会社に行かなくては。 タオル地のバスローブを、さっとはおる。
ドライヤーのスイッチを入れ、髪を乾かし、ブローを済ませた。 テーブルの上に大きな鏡を立てて、化粧水を手早くたたきこみ、美容液、乳液、下地クリーム・・・。 毎朝のこととは言え、うんざりする。 こんなにいろんな物を、肌の上にのせて、自分を美しく見せたくて必死だ。 面倒だと思っても、毎朝毎晩これを繰り返す。 どんなに眠くても、化粧は必ず落としてから眠る。
これといって特別なとりえもない私にとって、少しでも美しく見せることは、切実な欲望だ。 単に、「男にモテたい」というだけじゃない。 同姓からの視線、そして誰より、鏡を見つめる自分自身の視線が厳しい。 吹き出物のない肌、クマやしわのない目元、たるみのない頬・・・そんなものを確認して、毎朝少しだけほっとする。
ファンデーションを塗り終え、アイシャドウ、マスカラ、チーク・・・そして、眉を書く。 最後に、鏡に映る自分を見据えながら、ゆっくりと口紅をひいた。 私は、この瞬間がたまらなく好きだ。 よそいきに整えられた自分の顔・・・そこにゆっくりと、ピンクのルージュが曲線を描く。 口紅をひくとき、「自分が女性だ」という感覚が、身体中を支配する気がする。
私は立ち上がり、バスローブを脱ぎ捨てて、ワンピースとジャケットに着替えた。
テーブルの上の時計は、午前8時を指していた。
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