■純恋愛
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第一章 Innocent-1
「・・午後からの降水確率は50%です。傘をお持ちになってお出かけ下さい。時刻は間もなく、7時になります・・」

私は、まだ眠いベッドの中で、女性アナウンサーの声を聞いていた。
昨夜のお酒が、まだ身体の中でぽかぽかしている気がした。
起き上がり、足元を見ると、昨日着ていた服が脱いだままの形で散らばっている。
一枚ずつ拾い上げると、濃いブラウンのジャケットから煙草の匂いがした。
今の恋人は、ヘビースモーカーだ。
彼の車に乗ると、服はもちろん、髪にも煙草の匂いがしみついてしまう。
シャワーを浴びなくては。
そっと、自分の髪の匂いを嗅いでみる。
このまま仕事に出るわけにはいかない。

簡単にシャワーを済ませ、鏡に映る自分を見た。
濡れた髪、少し腫れぼったい目、ぼんやりと開いたくちびる。
疲れた顔をしている・・・。
つい数時間前まで、愛する男と一緒にいた女の顔とは思えない。
そう思いながらも、感傷に浸ってる時間なんてない。
早く髪を乾かして、化粧をして・・・会社に行かなくては。
タオル地のバスローブを、さっとはおる。

ドライヤーのスイッチを入れ、髪を乾かし、ブローを済ませた。
テーブルの上に大きな鏡を立てて、化粧水を手早くたたきこみ、美容液、乳液、下地クリーム・・・。
毎朝のこととは言え、うんざりする。
こんなにいろんな物を、肌の上にのせて、自分を美しく見せたくて必死だ。
面倒だと思っても、毎朝毎晩これを繰り返す。
どんなに眠くても、化粧は必ず落としてから眠る。

これといって特別なとりえもない私にとって、少しでも美しく見せることは、切実な欲望だ。
単に、「男にモテたい」というだけじゃない。
同姓からの視線、そして誰より、鏡を見つめる自分自身の視線が厳しい。
吹き出物のない肌、クマやしわのない目元、たるみのない頬・・・そんなものを確認して、毎朝少しだけほっとする。

ファンデーションを塗り終え、アイシャドウ、マスカラ、チーク・・・そして、眉を書く。
最後に、鏡に映る自分を見据えながら、ゆっくりと口紅をひいた。
私は、この瞬間がたまらなく好きだ。
よそいきに整えられた自分の顔・・・そこにゆっくりと、ピンクのルージュが曲線を描く。
口紅をひくとき、「自分が女性だ」という感覚が、身体中を支配する気がする。

私は立ち上がり、バスローブを脱ぎ捨てて、ワンピースとジャケットに着替えた。
テーブルの上の時計は、午前8時を指していた。

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