■純恋愛
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第一章 Innocent-2
私は、小さな建設関係の会社で事務をしている。
高校を卒業してすぐに、この会社に就職した。
学歴もない私には、中小企業の事務とはいえ、仕事があるだけありがたい世の中だ。
事務員の人数が少ないから、雑用だってなんでもやる。
「小川さん、これ3部ずつコピーして。そのあと、お昼の休憩行ってもらっていいから。」
総務部長が私にそう言った。
「はい・・・。」
もう、お昼なのか。
この頃、時間が過ぎるのを早く感じるようになっていた。
それだけ仕事に慣れたということなのか、歳をとったということなのか。
高校を卒業して、この会社に入って・・・・。
気が付けば、私は22歳になっていた。

私がコピーをとっている傍に、同僚の真奈美がやってきた。
「悠子、これ済んだらお昼でしょ?待ってるから、一緒に食べに行こうね。」
「うん。もう終わるから。」
真奈美は、私より3つ年上の25歳だ。
年上とはいえ、事務員の少ないこの会社の中で、20代の女性は真奈美と私だけ。
入社したころは、私よりも先輩で大人に見えた真奈美に、敬語を使い、彼女を苗字で「中村さん」と呼んでいたが、いつの頃からか「真奈美」と名前で呼ぶようになっていた。
この会社で唯一、気軽に話したり、飲みに行ったりできる相手だ。
「これ、部長に渡してくるわ。荷物も取ってくるから、外で待ってて。」
「わかった。」
私は、足早にデスクに戻り、部長にコピーした書類を手渡し、自分のバッグを掴んで、事務所を後にした。

外に出ると、じめっとした空気が身体を包んだ。
「やだね。雨降りそう。」
真奈美が空を見上げて言った。
雨・・・。
そういえば、朝のテレビで午後から雨だと言っていた。
私は、ベッドの中で聞いた、天気予報を思い出していた。
「午後から雨になるらしいよ。」
「うそぉ。私、傘持って来てないのに。」
「私も忘れてきちゃった。」
「悠子、雨降るって知ってたんじゃないの?」
真奈美が、眉をひそめながら言う。
「天気予報、見てたんだけどね・・。」
毎朝、天気予報を見ているけれど、今朝は昨夜の酒も手伝って、ぼんやりしていた。

真奈美と並んで、よく来るとんかつ屋に入る。
「ロースカツ定食二つね。」
真奈美は、店のおばさんにそう言ったあと、私の顔を覗きこんだ。
「・・・なによ?」
「きのう、彼と会ったんでしょ?」
真奈美がにやりと笑う。
「会ったけどさぁ」
「プロポーズは?された?」
私は、黙って首を横に振った。
「そっかぁ・・・。それにしても、この前の指輪はなんなんだろね?私は絶対、プロポーズだと思ったんだけどな。」

私は、5つ年上・・27歳の彼と付き合っている。
うちの会社の取引先の営業マンだ。
この前のデートで、いきなり、ダイヤの指輪をもらった。
小さな石とはいえ、彼にとってはけっこう思いきった買い物だったと思う。
誕生日でも、クリスマスでも、何の記念日でもないのに。
今も、私の左手の薬指には、その指輪が光っている。

「で、高原くんとは、指輪の話はしたの?」

高原というのが、私の彼だ。
高原健介という。
「指輪の話どころか、全然普通の、いつも通りのデートだったわよ。」
私は、ぶっきらぼうに答えた。
「私だって、プロポーズかな?って思ったけどさ、あんまりにも健介がいつも通りだったから、なんとなく聞きそびれちゃって。」
「ま、悠子はまだ22だもんね。結婚するには、ちょっと早い気もするんだけど・・・」
真奈美がそこまで言ったところで、ロースカツ定食が運ばれてきた。

「真奈美は?最近合コンとか行ってないの?」
真奈美は、黙々とロースカツを口に運んでいる。
「・・・ちょっとぉ・・・。もしかして、彼氏できた?」
「悠子も早く食べないと、昼休み終わっちゃうよ。」
私は、しぶしぶ割り箸を割って、定食を食べはじめた。
「真奈美ってば、ずるいわよ。」
「何がぁ?」
「私と健介のことばっかり聞くけどさぁ、最近真奈美の恋バナ聞いてない気がする。」
「・・・・・。」
真奈美は、相変わらず黙って食べ続けている。

「ねぇ・・真奈美ぃ・・。」
「・・私ねぇ、好きな男ができたのよ。」

真奈美は、顔を上げずに言った。
「え?ほんとに!?付き合ってるの?」
「ううん。まだ・・知り合いって程度かな?」
真奈美が、箸を止めて首を傾げた。
真奈美の顔が、心なしかほころんでいる。

・・・恋をしてる女の顔だな・・・。

私は、なんとなくそう感じた。
健介と知り合った頃の私も、こんな顔で真奈美と話していたんだろう。
そんな表情をできる真奈美が、少し羨ましかった。
今の私は、こんな風に笑っているんだろうか。

窓の外から、降り始めた雨の音が聞こえた。
「やだ。雨だよ。早く食べて、会社に戻ろう。」
真奈美は、そう言ってまた箸を動かし始めたが、なんとなく、外の雨の音やら、昨日の酒が残る身体やら、真奈美の淡い表情やらが気になって、私は定食を半分以上残したままだった。

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