■純恋愛
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第一章 Innocent-5
さっきの電話から15分ほどで、健介がやってきた。
「よお。飲んでるかぁ?」
健介の笑顔。
私は、心から癒された気がした。
「高原くん、いらっしゃーい。」
真奈美が、はしゃいだような声を出す。
「中村さんと飲むの、久しぶりだから緊張するなぁ。」
「何よ、それ。ほらほら・・・、早く座りなよ。」
真奈美はそう言って、健介に私のとなりの席を勧めた。
「生中ひとつね。あと、枝豆と鶏の唐揚げも。」
やって来た店員にそう告げると、健介は大きく伸びをした。

「今日はお姫サンたちの運転手だからな。あんまり飲めないや。」
「ほんと、ごめんね。」
真奈美が、手を合わせる。
「いいのよ。どうせ、この後うちで山ほど飲むつもりなんだから。」
「なんでお前が偉そうに答えるんだよ。」
健介が、私を見て笑う。
そんな健介を見ながら、私もつい笑ってしまう。

健介が隣にいることが、こんなに嬉しいのは久しぶりの感覚だった。
真奈美と向き合っているのが、心底苦しかった。
私も真奈美のように笑えるのかどうか、どうしても確かめたかった。
こうして、健介と並んで真奈美と向かい合う今、私は自分を取り戻したような気がしている。

健介の前に、生ビールのジョッキと枝豆が運ばれてきた。
「じゃ、乾杯しますか。」
健介が、ジョッキを持ち上げる。
私たちも、何杯目かの酎ハイのジョッキを持ち上げ、健介と乾杯した。
「ふー!うめぇ!」
健介は、ごくごくと一気に半分近く飲み干した。
「いきなりそんなに飲んだら、まわっちゃうんじゃない?」
そう言いながらも、私は嬉しかった。
さっきまで飲んでいた、レモンの酎ハイの味すら、健介の隣だと、変わったような気がしていた。

「・・・そうそう。」
真奈美が、健介を食い入るように見る。
「ん?なに?」
「高原くんてばさ、悠子に指輪プレゼントしたんでしょ?」
真奈美はいきなり、核心を突く質問をした。
「あ?うん。この指輪な。」
そう言って、健介が指輪を指した。
真奈美が私の左手をとり、じっくりと眺める。
「これさぁ、ダイヤじゃない?」
真奈美が何を言いたいのか、私にはわかっていた。
指輪の意味を、確かめようとしてくれている。

「高原くんと悠子、結婚するの?」
真奈美は躊躇せず、ずばりと健介を見つめる。
私も、健介の表情をうかがうように視線を移した。
「あぁ?うーん・・・。」
健介は、考えるようにうつむいていた。

どうして?

真奈美の前で、はっきりと言って欲しかった。

私と、結婚したいんじゃないの?

私のこと、好きなんでしょう?

しばらく考えた後、健介が口を開いた。
「いずれは、結婚したいと思ってるよ。悠子さえその気があるんならね。」
「きゃぁ!やっぱり。私の思った通りじゃない。この指輪、プロポーズのつもりだったんだ。」
真奈美は、妙に嬉しそうだ。
「プロポーズっていうか・・・。ま、区切りの意味っていうか・・・。」
健介は、少し照れくさそうに言った。

・・・私は、納得がいかなかった。
ここでもまた、はっきりと核心を口にしない、健介がいる。
ずるい。
肝心なことは、ごまかしている。
いずれって、何?
区切りって、何なの?
真奈美にはっきり言って欲しい。
私を愛してるって。
結婚したいって。

「そうね。悠子たちも、もう2年近く付き合ってるもんね。結婚式はいつ?絶対呼んでよー!」
「中村さん、まだいつとは決まったわけじゃないから。」
健介が、にやにやしている。
消えかかっていたもやもやが、また、私の中でくすぶり始めた。

「・・・・・はっきりしないわね。」
私は、思わず口に出していた。
ひんやりとした空気が、私たちを包んだ。
二人の視線を、ちくちくと感じる。
うつむいたまま、私は健介を横目で見上げた。

「ま、私もすぐに結婚したいわけじゃないし。とりあえず、指輪はありがたくもらっとく。」
澱んだ空気を振り払うように、私は顔を上げる。
「この指輪、きれいよねー。」
楽しくもないのに、私は思いっきり微笑んだ。
それにつられるように、真奈美も笑う。
「ほーんと。ダイヤなんて、私たちの給料じゃなかなか手が届かないもの。」
「健介にも、何かプレゼントしなくちゃね。」
健介は、びっくりしたように私を見る。
「え?そんなのいらないよ。」
「そうよね?健介くんは、悠子さえそばにいてくれたらそれでいいのよね?」
真奈美が、健介をにやにやと見つめる。
健介はそれには答えず、黙ってビールを飲んでいる。
「私、もう一杯飲もうっと。真奈美も飲む?」
「あ、うん。」
「レモン酎ハイ、二つね。」
そばにいた店員に、声を掛けた。

さっきの重い空気から解き放たれたこのテーブルで、私だけが冷たい感覚をひきずっている。
私は一体、健介に何を求めているんだろう。
そして、真奈美に何を思わせたいんだろう。
目の前の真奈美は、屈託なく、罪のない笑顔を浮かべている。

その笑顔が、私の胸を締め付ける。
真奈美が、何をしたっていうんだろう。
悪いことなんて、何もしていない。
ただ、好きな男ができた・・・それだけのこと。
その男が、恋しくて、愛しくて仕方ない。
それだけのことなのに。

・・・健介だって。
こんな指輪を私にくれた。
いずれは結婚したいってことは、私とのことを真剣に考えてくれてるってこと。
健介のはっきりしないところだって、彼の優しさだと、ずっと思ってきた。
彼のずるさを感じながらも、私はずっと、そんな彼を許し、愛してきたはず。

いくら考えても、胸の奥でもやもやする苛立ちは収まらなかった。
私は、二人と一緒にいても、心だけどこか遠くにあるような気がしていた。
私の心は、どこか遠くから、このテーブルを挟んだ奇妙な三角形を見つめている。
健介を電話で呼び出し、自分自身が半ば必死で作り上げた三角形だった。
もうそれからは、二人と何を話したかなんて、ほとんど覚えていなかった。
私は一体、どうしたかったというのだろう。

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