さっきの電話から15分ほどで、健介がやってきた。 「よお。飲んでるかぁ?」 健介の笑顔。 私は、心から癒された気がした。 「高原くん、いらっしゃーい。」 真奈美が、はしゃいだような声を出す。 「中村さんと飲むの、久しぶりだから緊張するなぁ。」 「何よ、それ。ほらほら・・・、早く座りなよ。」 真奈美はそう言って、健介に私のとなりの席を勧めた。 「生中ひとつね。あと、枝豆と鶏の唐揚げも。」 やって来た店員にそう告げると、健介は大きく伸びをした。
「今日はお姫サンたちの運転手だからな。あんまり飲めないや。」 「ほんと、ごめんね。」 真奈美が、手を合わせる。 「いいのよ。どうせ、この後うちで山ほど飲むつもりなんだから。」 「なんでお前が偉そうに答えるんだよ。」 健介が、私を見て笑う。 そんな健介を見ながら、私もつい笑ってしまう。
健介が隣にいることが、こんなに嬉しいのは久しぶりの感覚だった。 真奈美と向き合っているのが、心底苦しかった。 私も真奈美のように笑えるのかどうか、どうしても確かめたかった。 こうして、健介と並んで真奈美と向かい合う今、私は自分を取り戻したような気がしている。
健介の前に、生ビールのジョッキと枝豆が運ばれてきた。 「じゃ、乾杯しますか。」 健介が、ジョッキを持ち上げる。 私たちも、何杯目かの酎ハイのジョッキを持ち上げ、健介と乾杯した。 「ふー!うめぇ!」 健介は、ごくごくと一気に半分近く飲み干した。 「いきなりそんなに飲んだら、まわっちゃうんじゃない?」 そう言いながらも、私は嬉しかった。 さっきまで飲んでいた、レモンの酎ハイの味すら、健介の隣だと、変わったような気がしていた。
「・・・そうそう。」 真奈美が、健介を食い入るように見る。 「ん?なに?」 「高原くんてばさ、悠子に指輪プレゼントしたんでしょ?」 真奈美はいきなり、核心を突く質問をした。 「あ?うん。この指輪な。」 そう言って、健介が指輪を指した。
真奈美が私の左手をとり、じっくりと眺める。 「これさぁ、ダイヤじゃない?」 真奈美が何を言いたいのか、私にはわかっていた。 指輪の意味を、確かめようとしてくれている。
「高原くんと悠子、結婚するの?」
真奈美は躊躇せず、ずばりと健介を見つめる。
私も、健介の表情をうかがうように視線を移した。 「あぁ?うーん・・・。」 健介は、考えるようにうつむいていた。
どうして?
真奈美の前で、はっきりと言って欲しかった。
私と、結婚したいんじゃないの?
私のこと、好きなんでしょう?
しばらく考えた後、健介が口を開いた。
「いずれは、結婚したいと思ってるよ。悠子さえその気があるんならね。」 「きゃぁ!やっぱり。私の思った通りじゃない。この指輪、プロポーズのつもりだったんだ。」 真奈美は、妙に嬉しそうだ。 「プロポーズっていうか・・・。ま、区切りの意味っていうか・・・。」 健介は、少し照れくさそうに言った。
・・・私は、納得がいかなかった。 ここでもまた、はっきりと核心を口にしない、健介がいる。 ずるい。 肝心なことは、ごまかしている。 いずれって、何? 区切りって、何なの? 真奈美にはっきり言って欲しい。 私を愛してるって。 結婚したいって。
「そうね。悠子たちも、もう2年近く付き合ってるもんね。結婚式はいつ?絶対呼んでよー!」 「中村さん、まだいつとは決まったわけじゃないから。」 健介が、にやにやしている。 消えかかっていたもやもやが、また、私の中でくすぶり始めた。
「・・・・・はっきりしないわね。」 私は、思わず口に出していた。 ひんやりとした空気が、私たちを包んだ。 二人の視線を、ちくちくと感じる。
うつむいたまま、私は健介を横目で見上げた。
「ま、私もすぐに結婚したいわけじゃないし。とりあえず、指輪はありがたくもらっとく。」 澱んだ空気を振り払うように、私は顔を上げる。 「この指輪、きれいよねー。」 楽しくもないのに、私は思いっきり微笑んだ。 それにつられるように、真奈美も笑う。 「ほーんと。ダイヤなんて、私たちの給料じゃなかなか手が届かないもの。」 「健介にも、何かプレゼントしなくちゃね。」
健介は、びっくりしたように私を見る。 「え?そんなのいらないよ。」
「そうよね?健介くんは、悠子さえそばにいてくれたらそれでいいのよね?」 真奈美が、健介をにやにやと見つめる。
健介はそれには答えず、黙ってビールを飲んでいる。 「私、もう一杯飲もうっと。真奈美も飲む?」 「あ、うん。」 「レモン酎ハイ、二つね。」 そばにいた店員に、声を掛けた。
さっきの重い空気から解き放たれたこのテーブルで、私だけが冷たい感覚をひきずっている。
私は一体、健介に何を求めているんだろう。 そして、真奈美に何を思わせたいんだろう。 目の前の真奈美は、屈託なく、罪のない笑顔を浮かべている。
その笑顔が、私の胸を締め付ける。 真奈美が、何をしたっていうんだろう。 悪いことなんて、何もしていない。 ただ、好きな男ができた・・・それだけのこと。 その男が、恋しくて、愛しくて仕方ない。 それだけのことなのに。
・・・健介だって。 こんな指輪を私にくれた。 いずれは結婚したいってことは、私とのことを真剣に考えてくれてるってこと。 健介のはっきりしないところだって、彼の優しさだと、ずっと思ってきた。 彼のずるさを感じながらも、私はずっと、そんな彼を許し、愛してきたはず。
いくら考えても、胸の奥でもやもやする苛立ちは収まらなかった。 私は、二人と一緒にいても、心だけどこか遠くにあるような気がしていた。 私の心は、どこか遠くから、このテーブルを挟んだ奇妙な三角形を見つめている。
健介を電話で呼び出し、自分自身が半ば必死で作り上げた三角形だった。 もうそれからは、二人と何を話したかなんて、ほとんど覚えていなかった。
私は一体、どうしたかったというのだろう。
|
|