三人で飲み始めて、2時間近く経っていた。 テーブルに置かれた灰皿に、吸い殻の山が出来ている。 健介が作り上げた山だった。 「煙草、吸い過ぎなんじゃない?」 私は、半ば呆れ気味に健介に言った。 「こればっかりは、いくら悠子の頼みでも、やめられないよ。」 そう言いながら、また煙草に火を付ける。 「合法ドラッグみたいなもんね。」
真奈美は、そう言って笑う。
そのとき、高らかに真奈美の携帯が鳴った。 「あ、家からだわ・・・。ちょっと、話してくるね。」 真奈美はそう言って、店を出ていった。
「お前たち、よく飲んだなぁ。悠子、ゆうべも飲んだばっかりじゃなかったっけ?」 「そうなのよねー。毎日でも、入っていっちゃうもんよね。お酒って。不思議ね。」 「不思議ね。じゃねーよ。」 健介が、煙草を灰皿に押し付ける。 「おまえは、ほぼ毎日酒飲んでるんじゃないのか?」 「毎日じゃないけど・・・。」 確かに私は、週に3日以上酒を飲む。 今日のように友達と飲んだり、家で一人で飲んだり。 もちろん、健介とも飲む。
昔は、そんなに酒が好きなわけじゃなかった。 なのに、いつの頃からか酒を飲むことが半ば習慣になっていった。 酒を飲んだときの、ふわふわした感覚が好き。 たくさん飲んだって、それほど酔うわけじゃない。 だけど、酒の力を借りれば、普段言えないことやできないことまで、可能にしてくれるような気がする。 今までだって、そうして男に甘えることもあったし、こじれたケンカをうまくごまかしたこともあった。
「私にとってのお酒は、健介にとっての煙草みたいなもんよ。」 「んー・・・。そりゃ、酒をやめろとは、俺も言いにくくなるな。」 健介は、苦笑いした。 「ごめんねー。」 高い声に振り向くと、真奈美が小走りで席に戻ろうとしていた。 「そろそろ、行こうか。」 健介が立ち上がる。 私と真奈美も、その後について歩きはじめた。 「俺、払っとくから、先駐車場行っといて。」 「うん。わかった。」
私と真奈美は、先に店を出て駐車場に向かう。 「雨、止んだね。なんの為に高原くんてば、車で来たんだか。」 「いいのよ。これだけ飲むと、帰りの電車とか駅から歩くのだとか、めんどくさいもん。」 私は、そう言って空を見上げる。 あの雨は、いつの間に止んだのだろうか。 雨上がりの匂いと、健介の煙草の匂いが混ざって、私の鼻をくすぐる。
「真奈美、煙草の匂いついちゃったでしょ?ごめんね。」 「ううん。全然。どうせ、お風呂入っちゃうんだし。」 健介の車の前で、私たちは立ち止まった。 「でも、高原くんの煙草、結婚したらやめてもらわないとね。身体にも悪いしさ、子供ができたらもっと大変になるよ。」 「そういえば、そうだね・・・。」
そんなこと、考えたこともなかった。 結婚相手に求めるもの、その後の生活に求めるもの・・・。 真奈美の心の中には、少なからずそういった理想があるのかもしれない。 私にはまだ、結婚を現実のものとして考えることはできなかった。 周りの友達の中にも、結婚している子はいるけれど、大多数は独身だし、夫婦の見本なんて、実家の両親くらいしか思いつかない。 その両親に対しても、「夫婦」という以前に、「親」という感覚しかない。
「あ、来た。」 そう言う真奈美の視線の先に、ゆっくりと歩いてくる健介の姿があった。 「ごめんねー。いくらだった?」 真奈美が、サイフを開けながら言う。 「2000円でいいよ。」 「え?ほんとに?」 「うん。あ、悠子も2000円な。」 健介が、私に向けて手のひらを差し出した。 私と真奈美が、千円札二枚ずつを手渡すと、健介はそれをズボンのポケットに押し込み、車のドアを開けた。 私は助手席、真奈美は後ろの座席に座る。 「じゃ、行きますか。」
健介がそう言うと、車は行きもしなかったカラオケ屋の駐車場を滑り出した。 「今度、このカラオケ屋に来なきゃ悪いわね。」 私は、真奈美の方を振り向いて言った。 「どうせ、そのうち来るじゃない。」 「それもそうね。」
まだ少し濡れた窓の向こうに、通い慣れたコンビニの明かりが見える。 「今日は楽しかった。高原くん、ありがとね。」 真奈美は、明るい声でそう言った。 「いえいえ。こちらこそお姫様たちにお相手して頂いて、おいしいお酒とウーロン茶が飲めました。」 真奈美の、高い笑い声。
・・・・・私は一体、どうなってしまったんだろう。
今まで気にも留めたことのなかった、真奈美の笑顔や笑い声が、今は痛くてしょうがない。
ざらざらと、濡れた砂のように私の心に擦り込まれる。
私は、楽しくなんかなかった。 今日は、まっすぐ帰ればよかった・・・。
そんなことばかりが、私の頭をよぎる。
ぼんやりと窓の向こうに見える景色、少し濡れて光る路面、そして、車内にしみこんだ健介の煙草の匂い。
何気ないものたちが、少しばかりの酔いでふわふわした私の身体を包み込む。
誰も悪くなんか、ないはずだった。
わかっているのに、今ここにいる二人は私を苛立たせる。 そっと目を閉じると、何もない世界が心地よくて、私はそのまま眠ってしまっていた。
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