■純恋愛
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第一章 Innocent-6
三人で飲み始めて、2時間近く経っていた。
テーブルに置かれた灰皿に、吸い殻の山が出来ている。
健介が作り上げた山だった。
「煙草、吸い過ぎなんじゃない?」
私は、半ば呆れ気味に健介に言った。
「こればっかりは、いくら悠子の頼みでも、やめられないよ。」
そう言いながら、また煙草に火を付ける。
「合法ドラッグみたいなもんね。」
真奈美は、そう言って笑う。
そのとき、高らかに真奈美の携帯が鳴った。
「あ、家からだわ・・・。ちょっと、話してくるね。」
真奈美はそう言って、店を出ていった。

「お前たち、よく飲んだなぁ。悠子、ゆうべも飲んだばっかりじゃなかったっけ?」
「そうなのよねー。毎日でも、入っていっちゃうもんよね。お酒って。不思議ね。」
「不思議ね。じゃねーよ。」
健介が、煙草を灰皿に押し付ける。
「おまえは、ほぼ毎日酒飲んでるんじゃないのか?」
「毎日じゃないけど・・・。」
確かに私は、週に3日以上酒を飲む。
今日のように友達と飲んだり、家で一人で飲んだり。
もちろん、健介とも飲む。

昔は、そんなに酒が好きなわけじゃなかった。
なのに、いつの頃からか酒を飲むことが半ば習慣になっていった。
酒を飲んだときの、ふわふわした感覚が好き。
たくさん飲んだって、それほど酔うわけじゃない。
だけど、酒の力を借りれば、普段言えないことやできないことまで、可能にしてくれるような気がする。
今までだって、そうして男に甘えることもあったし、こじれたケンカをうまくごまかしたこともあった。

「私にとってのお酒は、健介にとっての煙草みたいなもんよ。」
「んー・・・。そりゃ、酒をやめろとは、俺も言いにくくなるな。」
健介は、苦笑いした。
「ごめんねー。」
高い声に振り向くと、真奈美が小走りで席に戻ろうとしていた。
「そろそろ、行こうか。」
健介が立ち上がる。
私と真奈美も、その後について歩きはじめた。
「俺、払っとくから、先駐車場行っといて。」
「うん。わかった。」

私と真奈美は、先に店を出て駐車場に向かう。
「雨、止んだね。なんの為に高原くんてば、車で来たんだか。」
「いいのよ。これだけ飲むと、帰りの電車とか駅から歩くのだとか、めんどくさいもん。」
私は、そう言って空を見上げる。
あの雨は、いつの間に止んだのだろうか。
雨上がりの匂いと、健介の煙草の匂いが混ざって、私の鼻をくすぐる。

「真奈美、煙草の匂いついちゃったでしょ?ごめんね。」
「ううん。全然。どうせ、お風呂入っちゃうんだし。」
健介の車の前で、私たちは立ち止まった。
「でも、高原くんの煙草、結婚したらやめてもらわないとね。身体にも悪いしさ、子供ができたらもっと大変になるよ。」
「そういえば、そうだね・・・。」

そんなこと、考えたこともなかった。
結婚相手に求めるもの、その後の生活に求めるもの・・・。
真奈美の心の中には、少なからずそういった理想があるのかもしれない。
私にはまだ、結婚を現実のものとして考えることはできなかった。
周りの友達の中にも、結婚している子はいるけれど、大多数は独身だし、夫婦の見本なんて、実家の両親くらいしか思いつかない。
その両親に対しても、「夫婦」という以前に、「親」という感覚しかない。

「あ、来た。」
そう言う真奈美の視線の先に、ゆっくりと歩いてくる健介の姿があった。
「ごめんねー。いくらだった?」
真奈美が、サイフを開けながら言う。
「2000円でいいよ。」
「え?ほんとに?」
「うん。あ、悠子も2000円な。」
健介が、私に向けて手のひらを差し出した。
私と真奈美が、千円札二枚ずつを手渡すと、健介はそれをズボンのポケットに押し込み、車のドアを開けた。
私は助手席、真奈美は後ろの座席に座る。
「じゃ、行きますか。」
健介がそう言うと、車は行きもしなかったカラオケ屋の駐車場を滑り出した。
「今度、このカラオケ屋に来なきゃ悪いわね。」
私は、真奈美の方を振り向いて言った。
「どうせ、そのうち来るじゃない。」
「それもそうね。」

まだ少し濡れた窓の向こうに、通い慣れたコンビニの明かりが見える。
「今日は楽しかった。高原くん、ありがとね。」
真奈美は、明るい声でそう言った。
「いえいえ。こちらこそお姫様たちにお相手して頂いて、おいしいお酒とウーロン茶が飲めました。」
真奈美の、高い笑い声。

・・・・・私は一体、どうなってしまったんだろう。
今まで気にも留めたことのなかった、真奈美の笑顔や笑い声が、今は痛くてしょうがない。
ざらざらと、濡れた砂のように私の心に擦り込まれる。

私は、楽しくなんかなかった。
今日は、まっすぐ帰ればよかった・・・。

そんなことばかりが、私の頭をよぎる。

ぼんやりと窓の向こうに見える景色、少し濡れて光る路面、そして、車内にしみこんだ健介の煙草の匂い。
何気ないものたちが、少しばかりの酔いでふわふわした私の身体を包み込む。

誰も悪くなんか、ないはずだった。
わかっているのに、今ここにいる二人は私を苛立たせる。
そっと目を閉じると、何もない世界が心地よくて、私はそのまま眠ってしまっていた。

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