■純恋愛
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第一章 Innocent-7
「おい、着いたぞ。」
健介の声で目を覚ますと、車はマンションの駐車場に止まっていた。
「あ、うち着いたんだ・・・。」
「お前、よく寝てたなぁ。」
健介が笑う。
「真奈美は?」
「ちゃんと送ったよ。悠子にありがとうって言っといてって。」
「あ、そ。」

真奈美のことは、もう考えたくなかった。
土日は仕事もないし、真奈美と顔を合わせることもない。
この妙な苛立ちから、早く抜け出したかった。
健介と並んで、エレベーターに乗りこむ。
ドアが閉まったとたん、健介が後ろから私の身体を抱き締めた。

「なぁにぃ?甘えてんのぉ?」
「今日の悠子、変だった・・・。」
健介が、小さな声で言った。
「そうかなぁ?」
「うん。変。俺らの話だって、うわの空だったみたいだし。」
エレベーターが止まり、ドアが開いた。
健介の身体が離れ、部屋に向かって歩き始める。

確かに、今日の私は変だ。
その理由もわかっているけど、はっきりしない。
真奈美に好きな男ができて、イライラしている。
この事実だけは、確かだ。
当たり前の話だけど、別に私は真奈美のことが特別好きなわけでもない。
普通の友達だと思っている。
小中学生にありがちな、大好きな友達を誰かに取られて悔しいとか、そんな気持ちとも違う。
・・・だけど、ある種の嫉妬のような感情を、真奈美に対して抱いている。

部屋の鍵を開け、私たちは中に入った。
「ビールかなんか飲む?」
「んー。その前に、シャワー浴びていいか?」
「どうぞ。」
健介は、シャワールームへ向かう。
タンスから、バスタオルと下着を取り出して、健介に手渡す。
「サンキュ。」

しばらくすると、シャワーの水音が部屋に響きだした。
私はテーブルに置かれたリモコンを手に取り、テレビをつけた。
これから私たちにどんな時間が訪れて、どんな朝を迎えるのか・・・私には想像がついていた。
毎週末繰り返し、慣れ親しんだ時間だ。
だけど、今日の私はいつもと違っていた。
いつもは楽しくて仕方ないこの時間も、頭の中は真奈美のことで一杯になっている。
考えたくないと願っても、それを打ち破るように、あの表情が脳裏に浮かんでくる。

冷蔵庫から缶ビールを取りだし、喉に流し込む。
それを半分ほど飲んだ頃、下着姿の健介が目の前に現れた。
「お前も行ってこいよ。」
「うん・・・。」
出してあったバスタオルとバスローブを掴み、シャワールームへ向かう。
蛇口をひねると、勢いづいたシャワーのしぶきが私の身体を包み込んだ。

バスローブ姿の私が部屋に戻ると、健介が私の手を引いた。
「ちょっと待ってよ・・・。」
「また、あれ?」
「大事なことなのよ。」
「ちぇ。」
健介は、しぶしぶ手を離す。
私はテーブルの上に鏡を置き、化粧水や美容液を塗り始めた。
「女って、めんどくせーな。」
「めんどくさいけど、結構楽しいのよ。化粧品選んだり、お手入れしたりするの。」
私は、クリームを顔に伸ばしながら言った。

そして、ボディ用の乳液を健介に渡す。
「はい、健介の好きなやつ。」
「まかしといて!」
健介は、満面の笑みでそれを受け取った。
私は、バスローブを脱いでベッドに横たわる。

健介は、私の身体にこうしてボディーローションを塗るのが好きなのだ。
健介の手が、背中をすべっている。
気持ちよくて、眠りそうになってしまう。
「ちょっと、マジメにやってよね。」
健介の手が、あちこちいたずらを始めていた。
私に怒られて、嬉しそうに笑う健介。
こんないつも通りの時間が、今日一日のもやもやを、少しずつ私から取り去っていくように思えた。
全身に塗り終えて、健介は部屋の電気を消した。

健介の口唇が、私の口唇に重なる。
慣れた感触、身体に感じる重み・・・。
私はそっと目を閉じ、両腕を伸ばして健介を抱き締めた。


身体を重ね合ったあとの暗闇の中、私たちは裸のままでベッドの上にいた。
「今、何時かなぁ?」
私が聞くと、健介が起き上がってテーブルに置いた携帯電話を開いた。
「1時半だよ。」
ライターで火をつける音がした。
健介の煙草の匂いがする。
私は仰向けになって、天井をじっと見つめていた。

「健介・・・。」
「ん?」
「真奈美ね・・・・、好きな男ができたんだって。」
私の声は、自分でも驚くほど乾いた感じがした。
「ふーん。あの人、彼氏いなかったっけ?」
「うん。私が入社したころ、前の彼と別れたみたいよ。」
「結構、長い間フリーだったんだね。」
健介が立ち上がって、冷蔵庫へ向かう。
「今もフリーよ。まだ片思いらしいから。」
「そうなんだ。」
健介は、ビールを持ってまたベッドに座る。
「あんなに結婚したいってうるさかったくせに、好きになった男は、遊び人らしくって。」
「よっぽどイイ男なんだろうな。」
「バカみたいよね。遊び人相手じゃ、結婚なんて絶対できないよ。」
私も、起き上がって健介の隣に座る。
「そりゃわからないぜ?その男が中村さんに惚れて、俺と悠子みたいになるかもしれないしさ。」
「そうかな?・・・・あんまり結婚結婚ってうるさく言うのを遊び人の男が聞いたら、逃げ出したくなるんじゃないの?」
「まぁな・・・。相手に結婚する気がなけりゃ、引くかもしれないな。」
「引くわよ。真奈美は、結婚願望が強いんだから。」
健介の手からビールを奪い、一口飲んだ。

せっかく真奈美のことを忘れかけていたのに、健介と身体が離れたとたん、また思い出していた。
暗闇の中で健介の煙草の火が、私の薬指の指輪をかすかに照らしている。
「私たち、結婚するのかな?」
私は、ふと呟いていた。
「俺は、そのつもりだけど?」
「健介・・・。」

私は隣の健介に抱きつき、口唇を奪った。
甘く、激しいキス。
そのまま、健介を押し倒す。

私はただ、頭の中の真奈美を消してしまいたかった。
今は、健介のことだけを考えていたいだけだ。
何度抱き合っても、どこまでも夜は長く続く気がして、ただがむしゃらに健介を求め続けていた。

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