■純恋愛
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第二章 Room302-2
約束の土曜日。真奈美が、少し早目に待ち合わせてお茶でも飲もう、と言ってきた。
私は約束の時間の一時間前、午後五時に真奈美とこの喫茶店で待ち合わせている。

健介には、真奈美と遊びに行くとだけ告げていた。
真奈美の好きな相手とその友達だから、おかしな事になるはずもないのだが、さすがに男と一緒だと言えば、健介もいい気はしないだろう。
手元の時計を見ると、五時になろうとしている。
もうそろそろ来てもいい頃だ。

頼んでいたコーヒーを店員が運んできたと同時に、真奈美が私の向かいの席に座った。
「悠子、早かったのね。」
「うん。5分くらい前に着いた。」
「私にも、コーヒー一つ下さい。」
真奈美はそう店員に言って、着ていたジャケットを脱いだ。
香水の、甘い香りが漂ってくる。
真奈美は、普段香水はつけない。
やっぱり今夜は、いつもと気合いが違う。
「真奈美、トレゾア付けてる。」
「え?匂いきつい?」
「ううん。甘くていい匂い。」
「久し振りに付けたよ。昔、ちょっと流行ったよね。」
「男受けナンバーワンとか言ってね。」
私たちは、くすくすと笑う。
そういえば、うちにも何本かある香水の中にトレゾアがある。
だけど、今は香水なんてほとんど付けない。
仕事中はもちろん、健介と会うときだって、どうせ煙草の匂いが付いてしまってどうしようもないから、始めから付けない方がましだ。

「なんだか緊張しちゃって落ち着かないから、悠子と少しでも話したら、リラックスできるかと思って呼び出しちゃった。」
「そんなにドキドキしてるんだ。」
「そりゃそうよぉ。何度も誘って、やっと会えることになったんだもん。」
真奈美は終始、にやにやしている。
「私も楽しみにしてたのよ。真奈美がそこまでハマってる相手って、どんな人なんだろうって。」
真奈美の前に、コーヒーが運ばれてきた。
コーヒーにミルクを入れている真奈美の指先は、ピンクのマニキュアで彩られている。

今日の真奈美は、今まで見たどの真奈美よりも女らしくて、キレイだ。
長い髪もきれいに巻かれて、肩先で揺れている。
なんだか、一緒にいる自分があまりにも普通すぎて恥ずかしくなる。
「巻き髪、きれいね。私も巻いてみたいんだけど、うまくいかないのよね・・。」
「慣れれば簡単よ。」
私もセミロングだから、巻こうと思えばなんとかなりそうだけれど、きれいに巻くのは難しいからあまりやったことがない。
「やっぱ真奈美、気合い入ってるね。彼って、そんなにカッコいい人なの?」
「んー。カッコいいっていうか、なんとなく雰囲気がいいのよね。」
「いくつなの?彼。」
「・・・38。」
「えっ?」
思いがけない真奈美の言葉に、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「さ・・38ぃ?まさか、既婚者じゃないでしょうね?」
「ううん。バツイチらしくって。」

・・・38のバツイチ。

私の知っているはずの真奈美が、絶対に好きになるわけがない人種。
独身だから、結婚対象にはなるだろう・・・。
だけど、バツイチ・・・?

「びっくりしたでしょ?」
真奈美がコーヒーを飲みながら笑う。
「うん・・・。なんか、真奈美が好きになりそうもないタイプの人だから・・・。」
「だよね。私もそう思ってたんだけど、人間ってわからないものよね。」
ほんとに、わからない。
不倫をしている同級生もいたりするくらいだから、そういう恋愛もあるのだろうけれど、真奈美とその恋愛がどうしても結びつかない。

「彼とはね、友達の紹介みたいな形で知り合ったんだけど、最初に会った日はなんとも思ってなかったのよ。だけど、2度目に同じメンバーで飲みに行ったとき、彼といろいろ話す機会があってね。」
真奈美はそこまで言って、視線を少し落とした。
「・・・なんとなく、好きになっちゃったのよね。」

また、あの微笑み。

「何がそんなに良かったの?真奈美がそこまで入れこんでしまうくらいの、何かがあったわけよね。」
私は、はにかむ真奈美を見つめながら言った。
「何が?って言われると、「これ」とははっきり言えないんだけど、彼と話した日、家に帰ってからも、彼と話したこととか、そのときの彼の表情とか・・・そんなことばかり思い出してしまったのよ。私の心の中に、ぐっと踏みこんでくるというか、そういう雰囲気が彼にはあったのよね・・・。」
真奈美はうっとりとしながら話す。
私は、なんとなくわかるような、わからないような・・・複雑な気持ちだった。
「何か、きっかけみたいなものはあったんでしょ?・・・こう・・・なんか、いいなって思うきっかけ。」
「うーん・・・。しいて言えば・・・、声かなぁ?」
「そんなにいい声なんだぁ。」
「いい声っていうか、こう、身体に直接響くような、そんな声なのよ。」
身体に直接響く声・・・。
「なんかさぁ・・・。」
私は、ほんの少し真奈美の方へ身を寄せながら言う。
「身体に響く声・・・って、ちょっとヤらしくない?」
真奈美が、少し顔を赤らめる。
「ほんとだ。ちょっといやらしかったかも。」
二人で顔を見合わせて笑う。
「でも、ほんとになんか響いてくるのよ。気持ち的にも身体的にも。電話で話してても、ドキドキしちゃうもん。」
「それはさぁ、真奈美が彼に惚れてるからそう思うだけなんじゃないの?」
「んー。そうかもしれないね・・・。」
「あー、やだやだ。想像ばっかり膨らんじゃって、わけわかんなくなってきたわ。」
私は、大げさに首を振る。
「ま、もうすぐすれば会えるんだし、見ればわかるわよ。」
真奈美は、腕時計を見て言った。
私も真奈美につられて、時計を見る。
「そろそろ行こうか。」
「あー・・・。緊張しちゃう。」
もじもじする真奈美の手をつかんで、私たちは席を立った。

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