食事もお酒もとてもおいしくて、私は大満足だった。 もちろん、会話も弾んでいた。
石場は場慣れしているようで、私たちを楽しませてくれている。 そして、この場で一番幸せそうな顔をしている真奈美。
だけど、私はいまだに、石場のどういう部分が真奈美をここまで夢中にさせているのかがわからなかった。 確かに話もうまいし、女性に優しい。 でも、38でバツイチという、結婚相手としては少々難しい条件を飛び越えてしまうほどの魅力が、私にはまだわからない。
「悠ちゃんは、彼氏いるの?」 「え?」 ・・・悠ちゃん・・・。 石場は、今、確かにそう言った。 何?この人。 なんだか、馴れ馴れしい・・・。 まだ、出会って2時間も経っていないのに。 「悠子には、結婚前提にお付き合いしてる彼氏がいるのよね?」 真奈美が、嬉しそうに言った。 「へぇー。まだ若いのに?」 中島が、驚いた顔をしている。 「あ・・・いや、まだ分からないですけどね。いずれは・・・って感じですかね?」 そう言いながらも私は、「悠ちゃん」という馴れ馴れしい石場の呼び方が気になっていた。 「ま、結婚なんてタイミングだからね。って、失敗した俺が言っても説得力ないけど。」 「結婚はタイミングって、よく聞く言葉ですよね。そういうもんなんですか?」 真奈美が、石場に尋ねる。 「んー。やっぱ、両方の気持ちがそういう方向にぴったりと一致しないとうまくいかないでしょ?」 「そうだな。長く付き合ったからって、必ず結婚するとは限らないし、ほんの少し付き合っただけでも、そういう展開になることもあるし。」 中島が、真奈美に向かって言った。 「そうかぁ・・。きっと、悠子と高原くんにも、もうすぐそのタイミングがやって来るかもね。私、二人の結婚式楽しみにしてるのよ。なにしろ、付き合い出した時から、ずーっと二人のこと見てるんだから。」 「真奈美は気が早いからなぁ・・・。」 私は、苦笑いしながら真奈美の方を見る。 と、そのとき、横顔に視線を感じた。
視線を感じた先に目を向けると・・・・。
石場と視線がぶつかる。
彼は、私と目が合っても、そらさずに私を見つめ続けている。 私は、そのあまりにまっすぐな眼差しに、言葉を失っていた。 見つめあっていた時間は、ほんの数秒だと思う。 だけど、それがとても長く感じられた。
なんとなく気まずい感じがして、私の方から目をそらし、真奈美に話しかけた。 「真奈美も早く彼氏ゲットしなきゃね。」 真奈美は、私と石場が見つめ合っていたことには気づいていないようだ。 私の言葉に、真奈美はテーブルから視線を上げて、にっこり笑った。 「早く彼氏欲しいけど、なかなかうまくいかないものね。」 「真奈美さん、彼氏いないの?」 中島が、驚いたように言う。 「もう、5年近くいないんですよ。」 「きれいなのに・・・。もったいない。」 「そんなこと言ってくれるの、中島さんだけですよ。中島さんが独身だったらなぁ。」 「俺みたいなオッサン、相手にしないくせに。」 「いえいえ。恋愛に年齢は関係ありませんから。」 真奈美は、強い口調で言った。 ・・・今のは、石場に対するアピールなんだろうな・・・。 なんだか気まずい雰囲気を振り払いながら、私は勇気を出して、ちらりと石場の方へ視線を移した。
また、私を見ている。
何なの?この人。
「あのお・・・私、何か変ですか?」 思いきって、石場に話しかけた。 「いいや。すごくかわいいと思うよ。」 悪びれずに、石場が笑って言う。 この人、ワケがわからない。 まさか、この調子で女を口説くんだろうか。 それは困る。 その視線を真奈美に向けて欲しい。 「悠ちゃんって、何人彼氏いるの?」 「はぁ?」 「いや、かわいいしモテるだろうから、何人も立候補があるだろうな、と思ったの。」 ほんと、ワケわかんない。 どうして、真奈美はこんな人が好きなの? 「彼氏なんて、一人だけに決まってるじゃないですか。」 私は、半ば呆れ気味に言った。 「ちょっとぉ、石場さんたら、悠子に妙なこと焚き付けないでくださいよ。悠子たち、ほんとに良いカップルなんだから。」 真奈美が、私たちの間に流れる重い雰囲気を読み取ったのか、仲裁に入る。 「だって、美しい女性はたくさんの男からちやほやされる権利があるんだよ。男は、そういう女性から選ばれるように、ますます自分を磨くんだ。で、女性はイイ男からちやほやされるように、自分を磨く。」 石場は、にっこり笑いながら言った。 「私は・・・、自分の好きな人だけが自分を見ていてくれれば、それでいいんです。ちやほやなんて、別にされなくたっていい。」 私は、石場を睨みつける。 「ほんとにそう思ってる?真奈美ちゃんだって、いろんな男から愛されたいだろ?」 石場が、真奈美の方に向き直る。 「うーん・・・。私も、悠子みたいな考えかな?好きな人が、自分を愛してくれたら、それだけで幸せだと思う。」 真奈美は少し恥ずかしそうに答えた。 「もったいないなぁ。女性陣は。せっかくきれいなんだから、どんどん強気でいかなきゃ。なぁ?中島。」 「お前は変わってるから、そう思うんだろ?俺は、好きな女がいろんな男に囲まれてたら、いい気はしないな。」 「そうですよねぇ?」 真奈美が、中島に同意を求める。 中島も、真奈美に向かって大きくうなずいた。 「俺は、自分の好きな女がちやほやされてたら、気分いいけどなぁ。俺の女、いい女なんだなぁ・・って。」 石場は、私に向かって微笑みかけながら言った。 ・・・この人、おかしい。 「私、ちょっと・・・。」 私は、カバンを持って立ち上がる。 「どこ行くの?」 石場が、聞いてきた。 「お手洗いですっ。」 私は強めの口調で答え、テーブルに背中を向けて歩き出す。 「そっちじゃないよ。この店広いから、トイレ分かりにくいだろうし、俺が案内するよ。」 石場も立ち上がる。 「え?いや・・・」 結構です。と、言いかけたが、それより先に石場が歩き始めた。 仕方なく、私もそれに続く。
ほんとに広い店だ。
トイレは店の奥の方にあり、言葉通り、分かりにくい所だった。 「ここだよ。」 「ありがとうございました。」 「悠ちゃん、怒ってるの?」 石場が、私の顔を覗きこむ。 「いえ、別に。」 本当は、少し怒っている・・・というか、気分を害していると言ったほうがいいだろう。 「悠ちゃん」という馴れ馴れしい呼び方といい、さっきの「彼氏何人?」発言といい、私のことを物凄く軽く扱われているような気がする。 そこらでがんがん引っ掛けてるから、女なんて適当に考えているのかもしれない。 「怒ってないならいいけど、ごめんね。俺、変わってるってよく言われるから、悠ちゃんの気分悪くするようなこと、言っちゃったかもしれないね。」 石場が、少し苦笑いしながら言った。 申し訳なさそうなその顔が、何だか物凄く子供っぽく見えて、私は吹き出してしまった。 「あ、人が謝ってるのに、なんで笑うんだよ。」 「すいません・・・。あまりにも申し訳なさそうな顔をするから・・・。」 「謝ってるんだから、当たり前だろ?」 「ほんと、ごめんなさい。全然怒ってないですから、いいですよ。ほんと、気にしないで。」 私は、まだ笑っていた。 「悠ちゃんって、笑うと幼くなるね。かわいい。」 「えっ?」 石場の言葉に、頭の奥の方がじんと痺れる感じがした。
あぁ・・・この声だ。
真奈美が言っていた、身体に直接響く声。 なんだか、身体中がふわふわしてくる。
「石場さんこそ、謝ると幼い顔してますよ。」 私は、そんな自分の感覚を遮るように言った。 「え?そう?」 「うん。さっき、子供みたいな顔してました。」 「オッサンなのに?」 「うん。オッサンなのに。」 「失礼なやつだなぁ。早く、トイレ行っておいで。」 「はーい。」 私は明るく言って、トイレのドアを開けた。
私は用を足したあと、洗面台の鏡に向かっていた。 石場壮一・・・変わった男。 腹の立つところも多いけれど、真奈美の言っていたあの声・・・は、なんとなく感覚的にわかった。 あの人に「かわいい」って言われると、ほんとに自分がものすごくかわいくなったような気がする。 あの人の声には、何百人分もの感情がこもっているような感じがした。 だから、身体に、心に直接響いてくる。 いい意味でも、悪い意味でも、とても大きく気持ちを揺さぶってくる男なのかもしれない。
「悠子・・・だいじょうぶ?」 真奈美が、トイレに入ってきた。 「あ、真奈美。だいじょうぶよ。」 「なんだかさ、悠子ちょっと怒ってるみたいだったから。」 真奈美が、心配そうな顔をしている。
「うーん・・・。確かにね。あの人変わってるから、ちょっとムッとしたけど。」 私は、苦笑いしながら言った。 「ごめんね・・・。」
「やぁだ、どうして真奈美が謝るのよ。大丈夫よ。あの人変だけど、いい人そうじゃない。さっき、ちゃんと謝ってくれたし。それに、今日は私、真奈美の応援に来てるんだから。雰囲気悪くなるようなことには、絶対ならないから。心配しないで。」 私は、真奈美の肩を軽く叩いた。 「うん。ほんと、今日はありがとね。」 「それより、もっと石場さんと話さなきゃだめよ。今日のうちに、次の約束決めちゃいなよ。」 「えー?でも、全然そんな雰囲気じゃないし。」 真奈美はうつむいてしまう。 私は、鏡を見ながら、口紅を塗りなおした。 「真奈美ったら、もっと積極的だったじゃない。コンパ行ったり、石場さんにだって、がんがん電話してたみたいだし。」 「そうだけどさぁ・・・。いざ、顔見ちゃうと。」 真奈美、ほんとに恋してるんだ。 私は、自分の初恋の頃のことを思い出していた。 「がんばりなよ。応援するからさ。」 真奈美の手を、ぎゅっと握る。 「悠子・・・。」 「ばっちり化粧直しておいでよ。」 私は真奈美にそう言い残して、トイレを出た。
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