■純恋愛
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第二章 Room302-5
私たちは、4時間以上をレストランで過ごした。
今、店を出て四人で店の前に立っている。
「じゃ、俺、明日朝早いからホテルに戻るよ。」
中島が、私たちにそう言った。
「おう。また近いうちこっちに来いよ。」
「お前もたまには、長野に戻って来い。」
「そうだな。長いことそっちにも帰ってないしなぁ・・・。」
石場は、軽く微笑んだ。
「真奈美ちゃんたちは?どうするの?」
石場さんの問いに、真奈美が私を見上げるような目で見る。
「あ、私はそろそろ帰らないといけないけど・・・。真奈美はまだいいんでしょ?石場さんともう少し飲んで帰ったら?」
そう言う後ろで、中島がタクシーを止めた。
「じゃ、俺はこれで。」
「おう、気を付けて帰れよ。」
「あ、今日はありがとうございました。」
真奈美が、軽く頭を下げる。
「気を付けて帰ってくださいね。おやすみなさい。」
私も、中島に向かって手を振りながら言った。
「おやすみー。」
中島がそう言うと、タクシーのドアが閉まり、走り去っていった。
私たちはしばらく、去っていくタクシーに向かって手を振っていたが、私は石場の方に向き直り、もう一度言う。
「ね、二人でゆっくり飲んでくださいよ。」
真奈美は、石場を一心に見つめている。
「真奈美、まだ飲み足りないでしょ?」
「えー?」
そう言いながらも、嬉しそうに微笑む真奈美。
「・・・いや、そうなると、悠ちゃんが一人で帰ることになるでしょ?」
石場が心配そうに言う。
「そんなぁ・・・。まだ電車もあるし、全然心配ないですって。」
「こんな時間に、俺が付いててそんな危ないことさせるわけにはいかないよ。」
「いっつも、もっと遅い時間に一人で電車乗って帰ってますもん。大丈夫ですって。」
私は、真奈美と石場を二人きりにしたくて必死だった。
「だめだよ。二人とも俺がタクシーで送るよ。」
石場はそう言うと、タクシーを止めてしまった。
「さ、乗って。」
仕方なく、私たちはタクシーの後部座席に乗り込んだ。

「ごめんね、真奈美・・・。」
私は、真奈美の耳元でささやいた。
「しょうがないよ。石場さんは優しい人だってことで、今夜は納得するよ・・・。」
真奈美も、私にささやき返した。
せめて、少しの時間でも二人きりになれるように、私が先に送ってもらうことにした。
「悠ちゃん、一人暮しなんでしょ?」
「はい。」
「実家はどこなの?」
「あ、吉祥寺です・・・。」
「都内じゃない!しかも、全然通勤圏内だし。なんで、一人暮ししてるの?」
石場が、助手席から振り向いて言った。
「あ、親がいろいろ口うるさくて・・・。弟の受験で家がバタバタしてる隙に、逃げ出して来ちゃったんです。」
「へぇー・・・。もったいない。家賃とか結構するでしょう?」
「まぁ・・・。でも、何とかなってますから。」
私は、真奈美を肘で小突きながら言った。
「あ、あの、石場さんって、来週の週末とかお暇ですか?」
真奈美が焦ったように、切り出した。
「え?」
「あ、いや・・・、私、来週暇なんで、よかったら食事でもどうかなぁ?って。」
「俺ね、週末って結構忙しいのよ。今日は、中島が長野から来るって言ったから、何とか時間作ったんだけど。ほら、こういう業種でしょ?だから、週末はあちこちの店に顔出したりしてるんだよ。稼ぎ時だから。」
そうか・・・。
だから、今まで真奈美が誘ってもなかなか会えなかったんだ。
「そうですかぁ・・・。」
真奈美はそこまで言って、そのまま黙ってしまった。
だったら、平日に誘えばいいじゃない・・・。
いらいらしている私をよそに、タクシーは私のマンションの前まで来てしまった。
「あ、運転手さん、ここで止めてください。」
私がそう言うと、タクシーがマンションの前に静かに止まった。
「じゃ、私これで。」
「悠子、今日はありがとう。」
「悠ちゃん、遅くまでごめんね。おやすみ。」
「いえいえ。こちらこそ。おやすみなさい。」
私は、そう言って二人に手を振った。
タクシーのドアが閉まり、また走り出した。

部屋に着いてすぐ、私は真奈美の携帯に電話した。
「もしもし、真奈美?」
「あ、悠子?」
「真奈美、平日に誘うのよ。仕事終わった後、会えばいいんだから。」
「え?わざわざそれで電話してきてくれたの?」
真奈美が驚いたような声を出す。
「そうよ。あんまりにも真奈美が弱気だから、気になっちゃって・・・。」
「ごめんね。ありがとう。がんばってみるから。」
「うん。じゃ、おやすみね。」
「おやすみ・・・。」
電話のスイッチを切り、ベッドに座り込む。

別に、他人の恋路なんてどうなろうと知ったこっちゃない。
だけど、気になってしかたない。
早く真奈美と石場に、くっついて欲しい。
ただなんとなく、そう思う。
でないと、この、心にこびりついた何かがすっきりしない。

冷蔵庫からビールを取り出して、一口飲んだ。
・・・変わった男だったな・・・。
今まで会ったことのない人種だ。
ただの女好きとも何だか違う。
いいかげんなヤツかと思ったら、結構紳士な面もあるし。
私は、テーブルにビールを置いて、ベッドに倒れこんだ。

「かわいい・・・。」
石場の声が、よみがえってくる。
私の頭の中がぎゅうっと痺れたようになる。
目の奥が熱い・・・。
けっこう・・・幼い、かわいい顔してたなぁ・・・。
私に必死で謝ったりなんかして。
真奈美が夢中になるの、なんとなくわかった気がする。
確かに、ものすごく印象に残る人だし、現に今、私もこうして思い出している。

起きあがり、またビールを飲んだ。
テーブルに置かれたままの鏡を見てみる。
そこには、少し赤い目をした私が映っている。
・・・かわいい・・・か?
じっと鏡の中の私と見つめ合っているうち、あの記憶が甦る。

ただ黙って、見つめ合った数秒間。

まっすぐな瞳。
私の目だけじゃない、心の奥まで見つめるような瞳。

私がぼんやりと鏡を見つめていると、テーブルの上の携帯が鳴り出す。
ディスプレイを見ても、見覚えのない番号。
・・・誰?
「・・・・もしもし?」
「あ、悠ちゃん?石場です。」
「え?」
私は驚いて、電話を落としそうになった。
「え?あの、なんで番号・・・」
「タクシーに、忘れ物してたよ。」
「え?忘れ物?」
「今、マンションの前まで戻って来てるから、取りにおいでよ。」
わざわざ、持って来てくれたの???
私は、さらに驚いた。
「えー?!!わざわざ、すいません。すぐに行きます!」
「うん。待ってるよ。」

ぼんやりと考えていた、その相手からのいきなりの電話に、かなり胸が高鳴った。
しかも、忘れ物だなんて。
真奈美のことに必死になりすぎて、私、バカみたいだ。
私は急いで部屋を出て、エレベーターに駆け込んだ。
わざわざ届けに来てくれるなんて、申し訳ないことをしてしまった・・・。

エレベーターが1階に着き、走って玄関を出る。
「悠ちゃん!」
外に出てすぐ、石場が声を掛けてきた。
「あ、すいません・・・。わざわざ届けていただいて。」
私は、何度も頭を下げる。
「・・・ウソだよ。」
「へっ!?」
「忘れ物なんて、ウソだよ。」
石場は、笑っている。
私は、耳を疑った。
「ウソ?」
「うん。嘘ついたの、俺。」

なんなの?この人・・・・。
私は、呆然と石場を見つめ、立ち尽くしていた。

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