私たちは、4時間以上をレストランで過ごした。 今、店を出て四人で店の前に立っている。 「じゃ、俺、明日朝早いからホテルに戻るよ。」 中島が、私たちにそう言った。 「おう。また近いうちこっちに来いよ。」 「お前もたまには、長野に戻って来い。」 「そうだな。長いことそっちにも帰ってないしなぁ・・・。」 石場は、軽く微笑んだ。 「真奈美ちゃんたちは?どうするの?」 石場さんの問いに、真奈美が私を見上げるような目で見る。 「あ、私はそろそろ帰らないといけないけど・・・。真奈美はまだいいんでしょ?石場さんともう少し飲んで帰ったら?」 そう言う後ろで、中島がタクシーを止めた。 「じゃ、俺はこれで。」 「おう、気を付けて帰れよ。」 「あ、今日はありがとうございました。」 真奈美が、軽く頭を下げる。 「気を付けて帰ってくださいね。おやすみなさい。」 私も、中島に向かって手を振りながら言った。 「おやすみー。」 中島がそう言うと、タクシーのドアが閉まり、走り去っていった。 私たちはしばらく、去っていくタクシーに向かって手を振っていたが、私は石場の方に向き直り、もう一度言う。 「ね、二人でゆっくり飲んでくださいよ。」 真奈美は、石場を一心に見つめている。 「真奈美、まだ飲み足りないでしょ?」 「えー?」 そう言いながらも、嬉しそうに微笑む真奈美。 「・・・いや、そうなると、悠ちゃんが一人で帰ることになるでしょ?」 石場が心配そうに言う。 「そんなぁ・・・。まだ電車もあるし、全然心配ないですって。」 「こんな時間に、俺が付いててそんな危ないことさせるわけにはいかないよ。」 「いっつも、もっと遅い時間に一人で電車乗って帰ってますもん。大丈夫ですって。」 私は、真奈美と石場を二人きりにしたくて必死だった。 「だめだよ。二人とも俺がタクシーで送るよ。」 石場はそう言うと、タクシーを止めてしまった。 「さ、乗って。」 仕方なく、私たちはタクシーの後部座席に乗り込んだ。
「ごめんね、真奈美・・・。」 私は、真奈美の耳元でささやいた。 「しょうがないよ。石場さんは優しい人だってことで、今夜は納得するよ・・・。」 真奈美も、私にささやき返した。 せめて、少しの時間でも二人きりになれるように、私が先に送ってもらうことにした。 「悠ちゃん、一人暮しなんでしょ?」 「はい。」 「実家はどこなの?」 「あ、吉祥寺です・・・。」 「都内じゃない!しかも、全然通勤圏内だし。なんで、一人暮ししてるの?」 石場が、助手席から振り向いて言った。 「あ、親がいろいろ口うるさくて・・・。弟の受験で家がバタバタしてる隙に、逃げ出して来ちゃったんです。」 「へぇー・・・。もったいない。家賃とか結構するでしょう?」 「まぁ・・・。でも、何とかなってますから。」 私は、真奈美を肘で小突きながら言った。 「あ、あの、石場さんって、来週の週末とかお暇ですか?」 真奈美が焦ったように、切り出した。 「え?」 「あ、いや・・・、私、来週暇なんで、よかったら食事でもどうかなぁ?って。」 「俺ね、週末って結構忙しいのよ。今日は、中島が長野から来るって言ったから、何とか時間作ったんだけど。ほら、こういう業種でしょ?だから、週末はあちこちの店に顔出したりしてるんだよ。稼ぎ時だから。」 そうか・・・。 だから、今まで真奈美が誘ってもなかなか会えなかったんだ。 「そうですかぁ・・・。」 真奈美はそこまで言って、そのまま黙ってしまった。 だったら、平日に誘えばいいじゃない・・・。 いらいらしている私をよそに、タクシーは私のマンションの前まで来てしまった。 「あ、運転手さん、ここで止めてください。」 私がそう言うと、タクシーがマンションの前に静かに止まった。 「じゃ、私これで。」 「悠子、今日はありがとう。」 「悠ちゃん、遅くまでごめんね。おやすみ。」 「いえいえ。こちらこそ。おやすみなさい。」 私は、そう言って二人に手を振った。 タクシーのドアが閉まり、また走り出した。
部屋に着いてすぐ、私は真奈美の携帯に電話した。 「もしもし、真奈美?」 「あ、悠子?」 「真奈美、平日に誘うのよ。仕事終わった後、会えばいいんだから。」 「え?わざわざそれで電話してきてくれたの?」 真奈美が驚いたような声を出す。 「そうよ。あんまりにも真奈美が弱気だから、気になっちゃって・・・。」 「ごめんね。ありがとう。がんばってみるから。」 「うん。じゃ、おやすみね。」 「おやすみ・・・。」 電話のスイッチを切り、ベッドに座り込む。
別に、他人の恋路なんてどうなろうと知ったこっちゃない。 だけど、気になってしかたない。 早く真奈美と石場に、くっついて欲しい。 ただなんとなく、そう思う。 でないと、この、心にこびりついた何かがすっきりしない。
冷蔵庫からビールを取り出して、一口飲んだ。 ・・・変わった男だったな・・・。 今まで会ったことのない人種だ。 ただの女好きとも何だか違う。 いいかげんなヤツかと思ったら、結構紳士な面もあるし。 私は、テーブルにビールを置いて、ベッドに倒れこんだ。
「かわいい・・・。」 石場の声が、よみがえってくる。 私の頭の中がぎゅうっと痺れたようになる。 目の奥が熱い・・・。 けっこう・・・幼い、かわいい顔してたなぁ・・・。 私に必死で謝ったりなんかして。 真奈美が夢中になるの、なんとなくわかった気がする。 確かに、ものすごく印象に残る人だし、現に今、私もこうして思い出している。
起きあがり、またビールを飲んだ。 テーブルに置かれたままの鏡を見てみる。 そこには、少し赤い目をした私が映っている。 ・・・かわいい・・・か? じっと鏡の中の私と見つめ合っているうち、あの記憶が甦る。
ただ黙って、見つめ合った数秒間。
まっすぐな瞳。 私の目だけじゃない、心の奥まで見つめるような瞳。
私がぼんやりと鏡を見つめていると、テーブルの上の携帯が鳴り出す。 ディスプレイを見ても、見覚えのない番号。 ・・・誰? 「・・・・もしもし?」 「あ、悠ちゃん?石場です。」 「え?」 私は驚いて、電話を落としそうになった。 「え?あの、なんで番号・・・」 「タクシーに、忘れ物してたよ。」 「え?忘れ物?」 「今、マンションの前まで戻って来てるから、取りにおいでよ。」 わざわざ、持って来てくれたの??? 私は、さらに驚いた。 「えー?!!わざわざ、すいません。すぐに行きます!」 「うん。待ってるよ。」
ぼんやりと考えていた、その相手からのいきなりの電話に、かなり胸が高鳴った。 しかも、忘れ物だなんて。 真奈美のことに必死になりすぎて、私、バカみたいだ。 私は急いで部屋を出て、エレベーターに駆け込んだ。 わざわざ届けに来てくれるなんて、申し訳ないことをしてしまった・・・。
エレベーターが1階に着き、走って玄関を出る。 「悠ちゃん!」 外に出てすぐ、石場が声を掛けてきた。 「あ、すいません・・・。わざわざ届けていただいて。」 私は、何度も頭を下げる。 「・・・ウソだよ。」 「へっ!?」 「忘れ物なんて、ウソだよ。」 石場は、笑っている。 私は、耳を疑った。 「ウソ?」 「うん。嘘ついたの、俺。」
なんなの?この人・・・・。 私は、呆然と石場を見つめ、立ち尽くしていた。
|
|