私は無言のまま、マンション前の路上で石場と向かい合い、ただ立ち尽くしていた。 「このマンション、駐車場あるの?」 石場は、きょろきょろしながら言う。 「え?あ、この裏に居住者用と来客用のが・・・。」 答えかけて、私は石場を睨みつけた。 「嘘ってなんなんですか?忘れ物なんてしてないのに、何のためにそんな嘘つくの?」 強い口調で、責めるように言った。 「そう言えば、真奈美ちゃんも悠ちゃんの電話番号教えてくれるだろうし、悠ちゃんだって、こうして下まで来てくれると思ったからさ。」 「はぁ?」
何?この男。 私なら、簡単になんとかなると思ったのか? フリーで、「恋人」という存在を欲しがっている真奈美より、決まった相手がいて、後腐れのなさそうな私に目星を付けたのか?
私の頭の中に、いろいろな考えが渦巻く。 顔を見れば見るほど腹が立ってきて、私は石場に背を向けた。 「用がないなら、帰ってください。忘れ物したって言うから、私は下りてきたんだし。それが嘘なら、私は帰りますから。」 私は、マンションの玄関に向かって歩き出した。 「悠ちゃん、待って。」 石場が私の手を取る。 「嘘ついたのは、悪かったよ。ごめん。だけどね、俺はどうしても悠ちゃんと二人で話したかったんだよ。」 石場は正面に回りこんで、私の顔を覗きこむ。 「俺、悠ちゃんを怒らせてばっかりだね。ほんと、ごめんね。」 「はぁ?」 私はひときわ大きな声で言った。 「あなたがわざわざ怒られるようなことを、進んでやるんでしょ?一体何考えてんの?今までもこうやって、いろんな女をわけわかんない行動で振りまわして、好きなようにしてきたんじゃないの?」 「悠ちゃん・・・。」 「私をどうしたいの?一体私に何を望んでるの?はっきり言いなさいよ!きちんとお断りしてあげるから!!」 そこまで言って、私は深く息をついた。
ふと、真奈美の顔がちらついて見えた。
平凡な毎日の中で、私も真奈美も似たような生活を送ってきていたはず。 ただひとつ、私には恋人がいるという部分だけが、真奈美とは違っていた。 そして、真奈美が一番欲しがっていた「結婚」という目的までも、果たそうとしている。
なのに、真奈美はこの男と出会ったことで、私が持たない「非日常」を手に入れた。 片思いで、結婚なんて決して望めないであろうこの男に夢中になり、「恋人」も「結婚」も手に入れている私よりも、満たされた笑顔で笑う。
「悠ちゃん・・・・・。」 長い沈黙のあと、石場が口を開いた。 「俺は、君が思ってるような目的で、ここに来たわけじゃないよ。・・・そりゃ確かに、そう思われても仕方ないようなことを、よそではしてるかもしれない。」 石場は苦笑いした。 石場の声が、頭の奥で響いている。
私たちは今、あのレストランでの一瞬のように、じっと見つめ合っていた。 あのときのように、私は一言も発せずにいた。 ただ静かに、石場の声に耳を傾けている。
「悠ちゃんと話がしたかったんだ。ゆっくり、俺と悠ちゃんとでしか、できない話をね。」 石場がゆっくりと、近づいてくる。 私は、ぼんやりとそれを見ている。
私も、この人ともう一度会いたかったのかもしれない。 だから、あんなに走ってここまで下りてきたんだ。 忘れ物よりも、この人とここで会うために・・・。
身体の芯が、たまらなく熱い。 全身が心臓になったみたいに、脈を打っている気がする。
石場は、私のすぐ向かい側でじっと私を見つめている。 「・・・コーヒーでも、飲んでいきますか?」
私は石場にそう言って、マンションの中へ入った。
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