■純恋愛
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第三章 うたかた-2
うちの会社が忙しい今の時期、お昼を一人で食べることが多い。
今日も、会社の近くのハンバーガーショップで、遅い昼食を一人でとっている。

食べ終わり、コーヒーを飲みながら、手元の携帯電話のボタンをいじる。
メールの受信ボックスを開くと、題名もない一通のメール。
本文にはただ一言、「テスト」と書かれていた。

ゆうべ、石場が自分の携帯から送ってきたメールだ。
健介は、メールを送るなんて面倒なことをするより、電話で話した方が早いと言う。
付き合い始めのころに少しやりとりした後は、ずっとメールの交換なんてしていない。
一番接触の多い友達である真奈美とも、毎日会社で会うので、電話もメールもほとんどしない。
普段は、学生時代の友達にたまに送ったり、送って来たりするだけで、ほとんど活躍の場がなかったメール機能。

「俺はね、メールとかまどろっこしいことしてる間に、会いに行っちゃうタイプなんだけど。悠ちゃんには彼氏もいるし、そんな強引なことはできそうにないからなぁ。会いたくなったら、メールを送るよ。」
石場はそう言って、私の携帯にテストメールを送った。

私は、石場からのメールをじっと見つめる。
まるで、高校生の頃に戻ったような気分だった。
たった三文字のメールだけれど、これから始まるいろんなドラマを、予感させるメールだ。

先週までと、何もかもが違う。
心も身体も、羽が生えたように軽い。
本当は、もっと悩んだり苦しんだりしなきゃいけないことなんだろう。
私は、「浮気」しているんだから。
しかもその相手は、会社の同僚であり、友達である真奈美の思い人。

まったく罪悪感がないわけではなかった。
真奈美に対しても、応援していたはずなのになんとなくこんな展開になり、これからどう接していくべきなのか悩む部分もある。
そして、健介に対してはもっと複雑な感情が絡み合っていた。

健介を嫌いになったわけでも、飽きたわけでもない。
確かに、二人の関係はマンネリ化しつつあったけれど、これからも一緒にいるつもりだったし、今もその気持ちは変わらない。
だけど、石場の言う通り、私は満たされていなかった。
心のどこかで、今までと違う日常を求め、刺激や変化を求めていた。

石場の出現は、私にとって、充分すぎる変化をもたらした。
ここ1ヶ月ほど、幸せそうな真奈美を見るたびに、なんとなく自分が惨めになった気がしたが、今はそんな気持ちになることもない。
たった三文字のメールに心が高揚し、ゆうべのキスや抱擁、彼の声や表情を思い出して、胸が熱くなる。

健介と付き合い始めたころだって、ここまで自分が変わることはなかった。
恋の始めのときめき、喜びはあったけれど。

健介は付き合う前までも、私の日常の一部として存在していた。
週に何度か会社で顔を合わせ、誰とでもできるような世間話をする。
たまに食事に誘われて、自分が暇なときには約束をし、当時の恋人に関する相談事や、仕事の愚痴を話す。

健介が私に気があることは、ずっと気付いていたが、知らない振りをしていた。
だから、彼が「付き合おう」と言ってきたとき、「やっぱり」とも思っていたし、前の彼氏と別れたときに、次の彼氏は健介だな・・・と漠然と思っていた。

石場との恋愛は、そんな日常の延長線上にあるものとは違う。
友人の片思いの相手として紹介され、自分の浮気相手として彼と接する。

石場にもきっと、ほかに女はいるだろう。
だけど、そんなことはどうだってよかった。
あまりにも非日常的で、刺激的に感じられたこの恋は、そんな杞憂を補って余りあるほどのときめきを、私にくれた。
いや、もしかしたら、「ほかにも女がいるかもしれない」という事実さえも、私の石場に対する想いに、火を付けているのかもしれなかった。

「こちら、片付けましょうか?」
若い女性の店員が、声をかけてきた。
私は、その声に促されるように手元の携帯に目をやる。

もう休憩時間も終わりだ。
私は、身体中に広がる熱いざわめきを抱えたまま、会社に向かって走り出した。

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