■純恋愛
>>home  >>novels  >>index  >>back  >>next
第三章 うたかた-3
事務所に戻ると、廊下で健介と真奈美が立ち話をしていた。
「お、アル中娘さん、おかえり!」
私が戻って来たのに気付いた健介が、軽く手をあげながらそう言った。
「誰がアル中よ。」
むすっとして答える私に、真奈美も手を振っている。
「悠子、おかえりぃ。今ね、土曜のお詫びに食事でも奢ろうかって話をしてたのよ。」
「お詫び?そんなのいいのに。」
「そうはいかないわよ。二人の甘いひとときを、私のせいで邪魔しちゃったんだもの。」
真奈美はにやにやしながら言う。

私は、真奈美のおかげで週末、甘いひとときを過ごすことができたのに。
・・・相手は違うけれど。

「悠子、土曜日、中村さんが今入れこんでる人と一緒だったんだって?」
「へっ?」
・・・真奈美、言っちゃったんだ・・・。
「あ、そうなの。見てきちゃった。真奈美の好きな人。」
私は、軽く笑ってごまかす。
「悠子、なんにも言わないんだもんなぁ。」
「高原くんが、ヤキモチやくと思ったんじゃない?」
真奈美は、くすくす笑っている。

・・・何笑ってるのよ・・・。
ヤキモチやくとかそういうことじゃないのに。
他の男と酒飲むって言えば、多少はイヤな気分になるかもしれないのに。

「ヤキモチも何も、相手は中村さんが好きだって言ってる男だろ?」
健介は、私の頭を小突く。

健介・・・私、その男とキスしたんだよ。
きっと、これから先も二人で会うよ。
キス以上のことも当然するんだと思うよ。
心の中でつぶやいて、心の中で笑う。

「優しそうないい人だったよー。」
私は、敢えてどうでもよさそうな口調で言った。
「悠子ったらね、彼とケンカしそうになってんの。」
真奈美が、冗談めかした口調で言う。
「ほんと、ヒヤヒヤしちゃったわよ。」
「あー。こいつ、結構気がキツイとこあるからな。」
「・・・あれは、石場さんが変なこと言ったからでしょ?」
私は、真奈美を軽く睨んだ。
「え?変なこと?」
健介は、私に視線を移す。
「あぁ・・・。彼氏は何人いるのか?とか。変なこと聞くでしょ?」
「ぷ。なんだそれ。」
「変でしょー?」

・・・あの質問、聞いたときには「はぁ?」って思ったけれど、今となっては笑えない質問だ・・・。

「中村さんって、そんなおかしな男が好きなわけだ。」
「おかしい人じゃないよぉ。結構優しいんだから。」
真奈美が、幸せそうな微笑みを浮かべる。

何笑ってんのよ。
今、あんたが微笑みながら思い浮かべてる男、私を口説いたのよ。
そのうち私と寝るのよ。

心の中で、悪態を付き続ける私。。

「ま、早く二人っきりでデートできるように、がんばらないとね。」
私は、胸の中のどす黒い感情を振り払うように、そう言った。
「ほーんと。なかなか進展しなくて、イヤになるよ。」
「なんでだろ?俺、中村さんって結構イイと思うけどなぁ。」
健介が首を傾げる。

真奈美は、決して見栄えは悪くない。むしろ、いい方だと思う。
健介だけじゃない。会社の男たちも、合コンで真奈美と知り合った男たちも、真奈美をイイ子だという。
きれいで優しい女性だと評する。
だけど、男たちは真奈美を選ばない。

そんな男たちの気持ちが、私には少しわかる気がした。
容姿も良く、性格も悪くない・・・でも、ただそれだけなのだ。
それなりの女。
だから印象も薄いし、男の気も引かないのだと思う。

「ちょっと、いつまでもこんな所で遊んでていいの?」
私は、健介を肘で突付く。
「あ、やべ。俺会社戻らなきゃ・・・。」
健介が時計を見て、慌てだす。
「高原くん、ほんとに今度食事でも奢るから。」
真奈美は、健介の肩を叩いて言った。
「いいよ。ほんとに気にしなくて。それより、その彼とうまくいくといいね。」
「ありがと。うまくいったら、高原くんにも紹介するね。」
「四人で飲めるの、楽しみにしてるよ。じゃ、悠子、また電話するわ。」
「はーい。おつかれさま。」
私と真奈美は、並んで健介の背中に手を振った。

「さ、私たちも仕事、仕事。」
真奈美が、私の背中を押す。
事務所に入り、真奈美と別れて自分のデスクに戻る。

今日の真奈美は、いつも通りの彼女。
薄い化粧に、後ろで束ねたストレートのロングヘア。
髪を多少茶色く染めてはいるけれど、いたって普通のお嬢さんって感じだ。

だけど、土曜日の真奈美は違った。
きれいにカールした髪、丹念に施された化粧、そこから匂い立つ、トレゾアの甘い花の香り。
真奈美に、強烈な「女」を感じた。

好きな男に会うため、自分を飾ることに持てる時間のすべてを注ぎ込んだのだろう。
大半の女なら、そうするのはごく自然なことだと思う。
でも、あの日の真奈美は、纏(まと)っている空気まで違った。
土曜日、真奈美を目にした瞬間、女の私ですら少しどきっとした。

私は、自分の髪をきれいにカールさせることもできないし、甘い香りを漂わせることすら最近はない。
普段から肌の手入れと化粧は割と熱心にする方だが、それは誰のためでもなく、自分のための作業だった。

私は、自分の外見に少しだけ自信を持っている。
他に何の取り柄もない私にとって、外見を美しく整えておくことは、とても大切なことだった。
食べることや飲むこと、仕事、健介・・・それらと変わらないくらいに、気にかけてきた。

だけど、あの日の真奈美にはかなわない気がする。
それぐらい美しく、艶(なまめ)かしい魅力があったのだ。

忘れかけていた、もやもやとした苛立ちが私を襲ってきた。

思わず席を立ち、トイレに掛け込んだ。
鏡に自分を映し、自分を見つめる。

私のどこが、真奈美に劣っているというのだろう。

石場は、真奈美でなく私を選んだのだ。
健介だって、私を選び、結婚したいとまで言った。
私は、何ひとつ真奈美に負けてなんていない。
男たちはみんな、真奈美ではなく私を選ぶんだ。

私は、鏡の中の自分を見つめながら、深いため息をついた。

>>index  >>back  >>next 
>>home  >>novels
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送