■純恋愛
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第三章 うたかた-4
今日、私は仕事の後、健介と一緒に食事をしている。
この前の日曜の埋め合わせのつもりだろう。
週の真ん中、健介が私のために時間を作ったようだ。

「今日はあんまり飲むなよ。」
健介はそう言って、私のグラスをチェックする。
「ご心配なく。私は健介みたいに、飲みすぎて朝起きられないなんてことはないから。」
「よく言うよ。年頃の女が、がぶがぶビール飲んでるのなんて、傍目にもあんまりいいもんじゃないぜ?」
「今さら、何言ってんのよ。」
私は、笑いながらグラスをテーブルに置く。
それを見て、健介が、吸っていた煙草を灰皿に押しつけた。

「お前はさ、もうすぐ結婚するんだぜ?」
健介の目が、いきなり真剣になる。

「へっ・・・?」
「・・・そんなびっくりしたような顔するなよ。」
健介は、私の顔をじっと見つめる。
「この前も言ったはずだろ?・・・それとも悠子は、こんな中途半端な状態のまんま、何年も過ごすつもりなのか?」
「え・・・でも・・・健介、この前は・・・。」

健介は、「いずれは」って言っていた。
煮え切らない言葉に、少しいらいらしたりもした。
だけど、こんなに急に改まった話をされても困る。

「確かに俺は、いつ結婚するとは言わなかった。だけど近いうちのつもりで話をした。悠子もそのつもりだと思ってたよ。指輪渡すってそういうことだろ?」
「・・・だけど、こんな急にそんなこと言い出さなくても・・・。」

私は、石場のことを考えていた。
どうして?
石場と親密になった途端、今まであんなに言葉を濁していた健介が、急に具体的な話をし始める。

「悠子、俺と結婚するのはイヤか?」
健介の声が、少し小さくなった。
「嫌じゃないよ。嫌なんかじゃない。・・・だけど・・・。」
「・・・だけど、なに・・・?」
健介が、私をじっと見つめている。

答えられるわけがない。

確かに、いつ結婚したって同じだと思っていた。
その相手も、ほかの誰でもない、健介だと思う。
「いずれは」、結婚することはわかっていたことだ。


私の頭の中は、石場のことでいっぱいだった。

どうして、今なのか。
その言葉を聞くのが、もう少し早ければ。
きっと私は、何も考えることなくうなずいていた。
だけど、今の私は違う。
他の男の影を心の中に抱え、これから始まるその男との恋愛を思いながら、一日を過ごしている。

とりあえず結婚して、石場との付き合いを続ける?
ここは、適当に返事をするべき?

いろんなことを考えたが、健介の真剣な表情を見ると返す言葉が思いつかなくなった。

健介が、また煙草に火を付ける。
「・・・確かに、悠子はまだ若いもんな。結婚なんて、まだ考えてなくて当たり前だよな。」
私は何も言えないまま、健介が吐き出す煙の行方を見つめていた。
「だけど、俺もやっと仕事で一人前になりつつある。家族を持って、食わせていく自信もついた。悠子がいてくれたから、ここまで頑張れたんだと思う。」
「・・・そんな・・・。私は、何も・・・。」
「いや。悠子がいなかったら、俺、もっとふらふらしてたと思う。」
健介の優しい笑顔。

それでも私は、頭の中から石場を追い出せずにいた。
こんなときでも、石場に会いたいと思っている。

「悠ちゃんは、彼とは結婚しないよ。」

石場の言葉を思い出す。

今日のことを、石場に話すとどんな顔をするだろう。
「やめろ」と言ってくれるだろうか。
それとも、まだSEXすらしていない、たった一晩一緒にいただけの女がどんな結婚をしようと、関係ないと笑うだろうか。

「私、結婚するなら、絶対健介と・・・って思ってる。」
私はそう言って、健介の目を見つめた。
「でも・・・まだ・・・。そういうのよくわからない・・。」
そこまで言って、私はうつむいた。
「日曜にお袋を実家まで送っていったろ?そのとき少し両親と話したんだ。誰か決まった子はいるのか?結婚は考えてるのか?って・・・うるさく聞かれたよ。」
健介が、深く息を吸いこんだ。
「俺、年末に実家帰ったとき、悠子のことをきちんと話そうと思ってる。だから悠子も、年末帰ったら、俺のことを話して来て欲しい。」

「うちの親には、まだ話せないよ・・・。」
私はそう言って、ビールを一口飲んだ。
「どうして?一応、俺たち結婚前提に付き合ってるんだろ?」
健介が、責めるような口調で言う。
「何か、話せない理由でもあるのか?」
「・・・何もないよ・・・。別に何も・・・。」
「結局何だよ?悠子は、俺とは結婚したくないのかよ。」
健介が、捲くし立ててくる。
「さっきも言ったでしょ?結婚するなら、健介と、って。」
私は、多少強めの口調で言った。
健介は、それを聞いて黙りこんでしまう。

長い沈黙が、私たちを包みこむ。

やがて、健介がゆっくりと口を開いた。

「悠子、このごろ変だよな。そりゃ確かに、急にこんな話して、急かしてるように思われるかもしれない。だけど、最近の悠子は明らかに変だよ。電話で話しててもぼんやりしてるし、今日だって、会ったときからずーっと変だ。何か、悩みでもあるのか?俺とのことか?」
「そんなんじゃないよ・・・。」
私は、俯いたままでつぶやいた。

両親に健介とのことを話せば、きっと喜んでくれるだろう。
自分の娘が、この先何様になるわけでもないことを、彼らが一番良くわかっているはずだ。
将来のことだって、心配を掛けていると思う。
高校を出て、進学もせずに社会に出て、さっさと実家を飛び出した。
近くに住んでいるのに、ろくに顔も見せない娘。
「結婚する」と言えば、一応将来が形になる。喜ばないはずがない。
だけど、それが「今」でいいのか?
私は、本当にそれでいいと思っているのか。
いくら考えたって、答えなんて出ない。
考えれば考えるほど、瞼の奥に浮かぶのは、彼の顔、声、まなざし。
健介ではない、あの人の。

「悠子は、何でも自分で抱え込むところあるだろ?そりゃ、なんでもかんでもさらけ出せとは言えないけどさ、できたら、俺にもいろいろ話して欲しいと思ってるよ。最近の悠子見てたら、特にそう思う。」
健介の視線を、強く感じつつも、私はまだ俯いていた。
「俺の知ってる悠子じゃないみたいな気がするんだよ。この頃のお前は、しょっちゅうそういう顔をする。」
「そういう顔って、何よ。」
「なんか、イラついてるかと思えば、ぼんやりしてみたり・・・。よくわかんねえよ。」
思い当たる節があるだけに、何も言い返す言葉はなかった。
「俺はさあ、お前のダンナになるんだぜ?できれば、なんでも話して欲しいよなあ。」


ダンナ・・・。
その言葉は、「結婚」というものにますます現実感を持たせて、私の中に飛び込んできた。

結婚・・・夫婦・・・生活・・・家族・・・。
今まで、自分とは一定の距離をもって存在していたものが、急に接近してくるように感じた。

・・・・・嫌だ・・・。

私を襲ってきたのは、鳥肌が立つほどの嫌悪感だった。

今の自分からは、ずっと遠い場所にあると思っていた未来。
結婚し、子供を授かり、家族との生活、それを軸にくるくる回る自分の日常・・・。

「悠子・・・?」
「とりあえず、この話はまた今度にしようよ。」
「でも、俺は親には話をするつもりだから。」
「何を焦ってるの?結婚はするって言ったじゃない。」
私は、思わず声を荒げてしまう。
「なんで怒ってるんだよ。結婚したくないなら、したくないってハッキリ言えよ。」
「そんなんじゃないってば!そんなんじゃ・・・。」
私は、健介を睨みつける。

また、沈黙が私たちを包み込む。

「まぁ、・・・とりあえず、年末は帰るんだろ?そういう話題になったら、それとなく話してくれればいいよ。」
健介は、黙りこんでしまった私をとりなすように、明るく言う。

たぶん・・・、この先健介は、私から切り出さない限り、結婚については具体的に口にすることはないだろう。
そういう人だ。
私の心の中に、無理矢理入ってこようとはしない。
白か黒か・・・。
はっきりさせなくても、グレーのままでそれとなく済ませてしまう人。
今日の話・・・結婚のことだって、今まであいまいな言い方しかしてこなかったから、こんな急な展開になるのだ。
あんな中途半端なプロポーズをして、自分の思うように話が進んだつもりになっている。
今まできっと、具体的なことは話すのを避けてきていたはずだ。
揉め事、トラブルを嫌って、はっきりとした答えを出さない。
今日、急にこんなことを言い出したのも、最近おかしかった私を試すつもりだったに違いない。

「どこまで踏みこんでいいですか?」

健介の言葉からは、いつも、そんな別の声が聞こえてくる気がする。

あぁ・・・。なんか、いらいらする。

私は、グラスに残っていたビールを一気に飲み干した。

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