■純恋愛
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第三章 うたかた-5
あの日、結局健介とはなんとなく気まずいまま帰ってきた。
だけど、健介とこのまま付き合っていく以上、「結婚」についてはもっと現実的に考えないといけない。
「いずれ」ではなく、「近いうち」だと健介は言っていた。
だけど・・・。

石場とのことも気になる。
そして、それ以上に、石場の言葉が気になる。

「悠ちゃんは、彼とは結婚しない。」

「彼とは」というより、「結婚」ができないのではないか・・・と、私は思っていた。

健介が、自分のダンナになるんだと思ったときの、あの嫌悪感。
自分が、妻に、母になる・・・。
だけど、私にほかのどんな生き方があるんだろう。

・・・考えかけて、私はやめた。
時計に目をやると、もう夜の九時になっている。

今日は日曜だ。
今週末は健介とは会わなかった。
急な出張が入ったと、金曜の夜に電話があったのだ。
だから、あの日から何度か電話では話したけれど、顔を合わせていない。
出張の話を聞いたとき、内心ほっとしていた。

会えばきっと、それとなく将来の話になるだろう。
しばらくは、その話もしたくないし、あまり考えたくない。
いろいろと聞いてくることはないだろうけど、両親に話せと遠まわしに急かされるのも嫌だった。

そのとき、テーブルから振動音がした。
・・携帯が震えている。
手に取ると、メールが来ていた。

胸が高鳴る。
きっと、石場からのメールに違いない。
石場に電話をして、この土日には健介と会わないことを話しておいた。
石場は、「週末は忙しい」と言っていたが、もしかしたら・・・という期待もしていた。

受信ボックスを開くと、やはり石場からのメールだった。
急いでボタンを押す。

「今、家にいますか?電話で話せますか?」

短いメールだったが、私を喜ばせるには充分だった。
彼からの電話を待つこともせず、私はリダイアルから石場の電話番号を開き、すぐに発信した。

「もしもし・・・悠ちゃん?」
数回の呼び出し音の後、石場の声がした。
「うん。」
「今、家に一人でいる?」
「一人だよ。昨日も今日も家に一人でいたよ。」
嬉しくて、上ずってしまいそうな声をおさえて、極力冷静に答えた。
「俺ね、これから一軒店覗いたら、後の時間はフリーになるんだ。だから、ドライブでもどうかな?と思って。」
「ドライブ?行きたい!!」
私は、石場の提案に考える間もなく答えた。
「よし!行こう。一時間ちょっとでそっちに迎えに行くから。着いたら、電話するよ。」
「うん。待ってる。」
「じゃ、後でね、悠ちゃん。」

電話を切ったあと、思わずにやついている自分に気が付いた。
笑顔のまま、表情が固まってしまったような感じがする。
・・・早く用意をしないと。


シャワーを急いで浴びて、手早く化粧とブローを済ませる。
あの夜以来、初めてのデート。
こんなに浮き足立った気分で、男と会う準備をするのは何年ぶりだろう。
健介と付き合い始めた頃以来?

ふと、鏡に映る自分に、あの日の真奈美の姿が重なる。

美しく整えられた化粧、丁寧にカールの施された髪。

今の私に、あれだけ着飾る時間はない。
だけど、あの日の真奈美にだけは負けたくない。
あの日の真奈美以上に美しい私で、彼に会いたい。

私は、部屋の隅に置かれたバスケットをテーブルに載せる。
無造作に放り込まれた、いくつかの香水の瓶。
トレゾアを手にとり、ゴミ箱へ放り投げた。

あの日の真奈美の香り。

きっと何年経とうが、この香りを身に纏うことはないだろうと思った。
どうして、真奈美という存在が、私をここまで苛立たせるのだろう。
同じ男を巡る嫉妬心?
いや、違う。
石場に関しては、少しは私の方がリードしているに違いなかった。
じゃあ、何だというのだろう。
はっきりした答えは見つからないが、真奈美と同じ香りを纏うなんて考えたくもなかった。

今まで、自分が女として、真奈美に劣っているなんて思ったこともなかったはずだ。
だけど、今は。
正直、よくわからなくなってしまっている。
その事実が、余計に私を苛立たせるのだ。

バスケットから、緑色の瓶を取り出しじっと見つめる。
タンドゥルプワゾン・・・「優しい毒」という名の香水。
トレゾアよりは幾分爽やかな香り。
でも、時間とともに、甘く官能的な香りに変わる。
トレゾアとは違う、甘さを秘めている。

首筋とウエストに、そっと吹きかける。
自分を包む香りに、少し自信を分けてもらったような気がした。
ハンカチにも、ほんの少し吹き付ける。
こうしておくと、バッグを開けるたびに香りが程よく漂う。

今までしまいっぱなしになっていた香水たち。
その中から、この緑色の瓶が息を吹き返した。
その姿が、今まさに、彼に会うためにこの部屋から飛び出そうとしている自分自身と重なり、何となく誇らしく思えた。

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