■純恋愛
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第四章 To be or not to be-1
真奈美の私に対する態度は、あの日以来、特に変わりはなかった。
私があまり話しかけないために、以前ほどの接触はないものの、顔を合わせれば普通に明るく声を掛けてくるし、笑顔も見せる。
さすがに、もう飲みに行ったりすることはないが、時折昼食を一緒にとることすらあった。
真奈美の方から、一緒に行こうと声を掛けてくるのだ。

私は、あの日のことに関して、石場のことに関して、真奈美に何も問うことができないままだ。
私と石場の関係について、知っているのかいないのか。
実際のところは、未だにわからない。
だが、あの日の真奈美の態度や表情から、何かを感じているということは分かった。
私に対して何かを感じたから、あんな態度をとったのだろう。
これも、憶測に過ぎないけれど。

あれから真奈美は、少しずつ私のイメージを裏切り始めた。
女らしく、控えめで、真面目。お嬢様風で、少し地味。
結婚願望が強く、いわゆる、いいお嫁さんタイプ。
そんな印象だったはずなのに。

外見が、大きく変わったというわけではない。
しかし、少し控えめに、もじもじしていた彼女はもういない。
仕草も違えば、表情も違う。
出入りの若い営業マンに、少し恥ずかしそうに媚びて話すこともなくなった。
それでも、ふとした瞬間に、色っぽさを感じさせることが多い。
今まで、彼女が年上だと認識することなど少なかったのに、その色気のせいか、3つの歳の差を感じることすらある。

真奈美に、何があったのか。

ただかわいいだけの、つまらない女だと思っていたのに。
私は、複雑な心境だった。
もしかしたら、真奈美には恋人ができたのかもしれない。
それは、石場かもしれないし、そうではないかもしれない。
もし、彼女が石場と男女の関係になっていたとしても、何の不思議もないのだ。
元々、石場に思いを寄せていたのは彼女の方だ。

私と石場は、ずっと逢瀬を続けている。
週に一度か二度、平日の夜に食事をして、彼の部屋で抱かれる。
初めて会った頃に感じた、強烈な感情の熱は静かに冷めようとしていた。
それでも私は、彼と会うことをやめない。
何かに浮かされたように、彼を求めるのだ。
彼と向き合うことで作られる空間や、その空気を、手放すことができない。
彼といれば、過去も、未来も、自分たち二人以外の全てを忘れることができる。
ただ目の前の相手を欲し、求め合うだけの時間を過ごすことができるのだ。
そうして、私はまた日常の退屈さすら、いとおしく思えるようになっていた。
長い夢を見たあとに目覚めた朝が、清々しく感じるのと同じように、彼から解放されたあとも、いつもと変わらぬ日常が存在することに安堵し、その日常が色あせる前に、また彼と愛し合う。
そんなことの繰り返しだ。

私は、ハンバーガーを頬張りながら、バッグの中の手帳を取り出した。
今は昼休みで、昼食を取りにこの店に来ているのだ。
窓の向こうの風景は、クリスマス一色だ。
今年は、24日も25日も平日だから、特にこれといって大きなイベントもないだろう。
多分、24日には仕事が終わったあとに健介と会い、夕食を一緒に食べてプレゼントを交換する。
去年もそんな過ごし方だった。
私の意識は、クリスマスよりもっと先に飛んでいた。
そう。年末の帰省だ。
帰省といっても、私の実家は同じ都内だからそんな大げさなものではない。
それでも、お盆に帰ったっきりだから、また何か言われるだろう。
近くに住んでいても、めったに顔を見せないのだから。
手帳の28日のところに、大きく丸を書いてみる。
それとも、30日・・・。
私はまだ、いつから実家に帰るのかを決めていなかった。

正直、あの家には居場所がない気がしていた。
父、母、2つ年下の弟。普通の家庭。
世間の常識や決まりごとから外れるのが大嫌いな父に、反発していた時期があった。
型にはまりきった考え方で、私の生き方まで決められてしまうことが嫌で仕方なかった。
特に勉強したいこともないのに、「みんなが行くから」という理由で大学に進学させようとしていた父に反発し、私は高卒で就職を決めた。
ただあの家を出たい一心で貯金をし、弟の大学受験で家がごたごたしている隙に飛び出した。
あれから、2年も経つのに。
「型にはまった」父に反発して家を飛び出した私は、結局、「型にはまった」生き方しかできずにいる。
私が嫌で仕方なかった、「それなり」の生活しかできずにいるのだ。
「それなり」に毎日を生きて、「それなり」に幸せ。
時が経つほどに、自分というものが分かってくる。
自分が、どれほどの人間か、どこまでやれる人間か。
結局、私は、「それなり」にしか生きられないのだ。
もう、あれこれと夢を追ったり、今の生活を捨てる勇気などないのだ。

そんな自分のまま、あの家に帰ることは苦痛だった。
大きなことを言って、飛び出した結果がこれだ。
少しずつ、あの家から足は遠のき、今年はお盆に一泊しただけで一度も帰っていない。

健介のことを、ふと思い出す。
両親に、彼の話をするべきなのだろうか。
変わらず会ってはいるが、以前に結婚の話で少し言い争って以来、その話はしていない。
不思議なことに私は、石場と逢瀬を重ねるごとに、少しずつ健介と結婚する気になっていた。
石場と触れ合うことで、健介という男の魅力を知り、健介をなぜ好きになって、どんな部分が愛しいのかを深く感じるようになった。
私にとっては、二人とも必要な存在なのだ。
石場がいるから、健介と過ごす時間や存在に安心感を得て、暖かい気持ちになれる。
健介がいるから、石場という男と触れ合う時間が恋しくなる。

この先、私たちはどうなるのだろう。
考えているつもりでも、それは少しも現実的ではなかった。
「考えたって、仕方ないじゃない。」
いつもそんな結論に達する。
石場とも、健介とも離れられないのだから、2人とうまくやるしかないのだ。
石場と真奈美に何かあったのかもしれないということは、気にならないと言えば嘘になる。
だけど、それで石場との関係が何か変わるのかといえば、決してそうではないのだから。
彼は、ほかの女の存在を、具体的に私に感じさせることはないだろうし、私もそれを知ろうとは思わない。

手帳を閉じ、コーヒーを一口飲んでから時計に目をやる。
テーブルの上を手早く片付けて、私は店を後にした。

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