■純恋愛
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第四章 To be or not to be-2
いつも通りの週末。
健介は、私の部屋でテレビを見て笑っている。
一緒に買い物に出かけ、この部屋の台所で料理をし、こうしてテレビを見ながら食事をする。

「クリスマスだよなあ。もうすぐ。」
健介が、タバコに火を付けながら言った。
「そうねえ。何か欲しいものとか、もう決まってる?」
「悠子はどうだよ。リクエストあるのか?」
「うーん。」
去年は、二人で雑誌を見ながら、ブランド物のバッグを健介にねだった覚えがある。
クリスマスイブの夜、食事をしながらプレゼントを開けると、そのバッグが箱に入っていた。
「特にリクエストがないなら、俺が決めさせてもらっていいんだな?」
「いいよ。今年は健介に任せてみるよ。」
私が笑いながら言うと、健介がタバコを咥えたまま私の顔を覗き込んできた。
「悠子が感動に打ち震えるようなブツを用意しとくからな。」
「あはは。はいはい。楽しみにしてます。」
私は、健介の言葉を軽くいなしながら、テーブルの上を片付けはじめた。

台所で皿を洗いながら、ソファにもたれこんでテレビを見ている健介の姿をそっと覗う。
結婚するということ。
彼と夫婦になるということ。
こんな日々が、ずっと続いていくということ。
それは、恐ろしく退屈で、終わりの無い日常のように思えた。
自分の母が、過ごしていたような日常。

テレビや雑誌で見るような、刺激が欲しい、ときめきが欲しいと嘆く主婦に自分もなるのだろうか。
そんな主婦になるのは、今でも嫌だと思っている。
だけど、健介からプロポーズをされたときに感じたような嫌悪は、最近は薄れつつあった。
石場というフィルターを通して、健介を、健介と過ごしていく日常を見たときには、そんな未来も悪くないとさえ思える。

私は、結婚しても、石場と会うことをやめないのではないかと感じていた。
いや。「石場」というよりも、「石場が作り上げる空間」というべきか。
日常の全てから隔離されたかのような、あの空間。
そこにいるときには、自分を取り巻く様々なものがどこか遠くへ行き失せる。
存在するのは、ただ目の前のお互いだけ。ただ「今」「そのとき」のお互いだけ。
その場所から見た健介という男は、とても穏やかで、優しく笑いながら私を包み込んでくれる。
いつもの優柔不断さや、少し気弱な部分すら、「優しさ」や「穏やかさ」に変換されて、私の心の中に流れ込んでくる。
そこにいるときは、健介がとても恋しくなる。
石場の腕に抱かれながら、週末の健介との逢瀬を夢見るのだ。

順番に風呂に入り、いつものように、健介が私の身体にボディーローションを塗ってくれる。
以前は、組み込まれたプログラムの一部のように過ぎていた、当たり前の時間。
ただ心地良くしか感じていなかった、私の身体を滑る彼の指が、今は私の官能に火を付ける。
遠くから見つめ、ずっと恋しく思っていた男の指が、私の身体に触れるのだ。
「健介・・・。」
私の身体の上を滑る手をぐっと掴み、健介を熱く見つめる。
健介は、部屋の明かりを消して、私の唇にキスを何度も降らせる。

私を抱く腕も、愛し方も、以前と少しも変わらない。
それを受け止める私が、違うのだ。
健介がこの部屋に残して帰る、タバコの香りすらいとおしい。

それでも、私は知っていた。
もう3日もすれば、私はこの部屋から飛び出していくのだ。
あの棚に置かれた、緑の瓶を手に取り、甘い香りを纏って彼に、石場に会いに行くのだ。

今自分のしていることが、悪いことなのはわかっている。
愛する人や身近な人間を裏切り、他人から後ろ指をさされる行為だとわかっている。

だけど、私はそれをやめるつもりはない。

「いけないこと」は、「楽しいこと」。
「いけないこと」は、「気持ちいいこと」。
「いけないこと」は、「恋しいこと」。

私を抱く健介の向こう側には、いつも石場がいる。
私はこうして、常に二人の男に抱かれているような感覚に陥るのだ。
「健介・・・愛してる・・・。」
そう言った私の頬を、健介が優しく右手で撫でる。
この言葉に、嘘はない。

私は、健介を愛している。

以前より、ずっと。

健介一人に抱かれていた頃よりも、ずっと深く。

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