いつも通りの週末。 健介は、私の部屋でテレビを見て笑っている。 一緒に買い物に出かけ、この部屋の台所で料理をし、こうしてテレビを見ながら食事をする。
「クリスマスだよなあ。もうすぐ。」 健介が、タバコに火を付けながら言った。 「そうねえ。何か欲しいものとか、もう決まってる?」 「悠子はどうだよ。リクエストあるのか?」 「うーん。」 去年は、二人で雑誌を見ながら、ブランド物のバッグを健介にねだった覚えがある。 クリスマスイブの夜、食事をしながらプレゼントを開けると、そのバッグが箱に入っていた。 「特にリクエストがないなら、俺が決めさせてもらっていいんだな?」 「いいよ。今年は健介に任せてみるよ。」 私が笑いながら言うと、健介がタバコを咥えたまま私の顔を覗き込んできた。 「悠子が感動に打ち震えるようなブツを用意しとくからな。」 「あはは。はいはい。楽しみにしてます。」 私は、健介の言葉を軽くいなしながら、テーブルの上を片付けはじめた。
台所で皿を洗いながら、ソファにもたれこんでテレビを見ている健介の姿をそっと覗う。 結婚するということ。 彼と夫婦になるということ。 こんな日々が、ずっと続いていくということ。 それは、恐ろしく退屈で、終わりの無い日常のように思えた。 自分の母が、過ごしていたような日常。
テレビや雑誌で見るような、刺激が欲しい、ときめきが欲しいと嘆く主婦に自分もなるのだろうか。 そんな主婦になるのは、今でも嫌だと思っている。 だけど、健介からプロポーズをされたときに感じたような嫌悪は、最近は薄れつつあった。 石場というフィルターを通して、健介を、健介と過ごしていく日常を見たときには、そんな未来も悪くないとさえ思える。
私は、結婚しても、石場と会うことをやめないのではないかと感じていた。 いや。「石場」というよりも、「石場が作り上げる空間」というべきか。 日常の全てから隔離されたかのような、あの空間。 そこにいるときには、自分を取り巻く様々なものがどこか遠くへ行き失せる。 存在するのは、ただ目の前のお互いだけ。ただ「今」「そのとき」のお互いだけ。 その場所から見た健介という男は、とても穏やかで、優しく笑いながら私を包み込んでくれる。 いつもの優柔不断さや、少し気弱な部分すら、「優しさ」や「穏やかさ」に変換されて、私の心の中に流れ込んでくる。 そこにいるときは、健介がとても恋しくなる。 石場の腕に抱かれながら、週末の健介との逢瀬を夢見るのだ。
順番に風呂に入り、いつものように、健介が私の身体にボディーローションを塗ってくれる。 以前は、組み込まれたプログラムの一部のように過ぎていた、当たり前の時間。 ただ心地良くしか感じていなかった、私の身体を滑る彼の指が、今は私の官能に火を付ける。 遠くから見つめ、ずっと恋しく思っていた男の指が、私の身体に触れるのだ。 「健介・・・。」 私の身体の上を滑る手をぐっと掴み、健介を熱く見つめる。 健介は、部屋の明かりを消して、私の唇にキスを何度も降らせる。
私を抱く腕も、愛し方も、以前と少しも変わらない。 それを受け止める私が、違うのだ。 健介がこの部屋に残して帰る、タバコの香りすらいとおしい。
それでも、私は知っていた。 もう3日もすれば、私はこの部屋から飛び出していくのだ。 あの棚に置かれた、緑の瓶を手に取り、甘い香りを纏って彼に、石場に会いに行くのだ。
今自分のしていることが、悪いことなのはわかっている。 愛する人や身近な人間を裏切り、他人から後ろ指をさされる行為だとわかっている。
だけど、私はそれをやめるつもりはない。
「いけないこと」は、「楽しいこと」。 「いけないこと」は、「気持ちいいこと」。 「いけないこと」は、「恋しいこと」。
私を抱く健介の向こう側には、いつも石場がいる。 私はこうして、常に二人の男に抱かれているような感覚に陥るのだ。 「健介・・・愛してる・・・。」 そう言った私の頬を、健介が優しく右手で撫でる。 この言葉に、嘘はない。
私は、健介を愛している。
以前より、ずっと。
健介一人に抱かれていた頃よりも、ずっと深く。
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