■純恋愛
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第四章 To be or not to be-4
クリスマスイブの夜、私と健介は仕事の後に待ち合わせて会った。
街も店もカップルで溢れている。
イルミネーションが輝く街を抜けて、健介が予約しておいてくれたレストランに入る。

ディナーのコースが進み、デザートに差し掛かったところで、健介が話を切り出した。
「悠子、話があるんだけどさ。」
「うん・・・。何?」
健介の表情と口ぶりから、私たちの結婚に関することだろうと思った。
クリスマスイブに、改めてプロポーズがあるのではないかと、私自身も感じていたのだ。
「うちの会社、新しい支社ができるんだよ。」
「あ、そうなんだ。すごいね。事業拡大じゃない。」
「まあな。で、その支社の事業立ち上げのスタッフに、俺が選ばれた。」
健介が、ケーキを食べていたフォークを置く。
コーヒーを一口飲み、私をまっすぐに見つめる。
「俺、福岡に行くんだ。来年の3月の終わりごろからになると思う。」
「ふ・・・くおか?」
「ああ。福岡。」
私も思わず、フォークを置き、健介を凝視してしまう。
「ここから先は、悠子も言わなくてもわかってくれると思うけど・・・。ついて来て欲しいんだ。福岡に。」
「それ・・・って・・・。」
「ああ。もちろん、結婚して福岡に、って意味だよ。」
「だけど、来年の3月って、もう時間がないじゃないの。」
「そうなんだ。それは、悠子にも申し訳ないと思ってる。結婚式の準備をする時間もなく、こんな急な話になってしまって。」
私は、健介の言葉をぼんやりとした意識の中で聞いていた。

福岡。
行ったことすらない街に、私は健介と一緒に住むことになるのか。
当然、もう石場には会えなくなる。
それどころか、私を取り巻く環境の全てが変わってしまうのだ。
孤独で退屈な日常に埋もれ、息苦しくなったとき、私はどうすればいいのだろう。
そんな私を迎え入れてくれる場所は、福岡にはないのだ。
福岡には、石場はいない。
石場を失った私は、今のように笑えるのか。

「悠子・・・。不安な気持ちは、俺にもわかる。だから、じっくり考えてくれればいいよ。」
健介が、タバコに火を付けた。
「ただ、今結婚しなかったら、俺は今度、いつ東京に帰ってこれるかが分からないんだよ。このまま、遠距離恋愛になってしまうことになる。」
「東京と・・・福岡・・・。」
「そう。遠いよな。俺は、そんなのは嫌だ。ずっと、悠子と結婚したいと思ってたし、それは悠子もわかってくれてると思う。だから・・・。」
「考える。考えるよ。少しだけ、時間をもらってもいい?健介と、結婚したいの。でもね・・・。」
「わかってる。年末、実家に帰るんだろ?俺も親と相談するつもりだし、悠子もじっくり話し合ってみてくれよ。」
「・・・わかった・・・。」
私は、小さくうなずいて、コーヒーのカップに口をつける。

年が明けた頃には、すっきりと答えが出ているというのだろうか。
少しもそんな気がしない。
どんな結論を出したとしても、私が100%望む結果にはならない。
私の心の中には、喪失感しかなかった。
愛する男からプロポーズされて感じるはずの喜びや、感動、満足感なんてない。
私はきっと、このプロポーズを受けることになるだろう。
心の中の天秤は、石場を失う辛さよりも、健介を失う辛さの方が重いと言っているからだ。
それでも、私は石場を諦めきれない。
胸の奥から伸びた手は、あの部屋の、あのベッドのシーツをぎゅっと握って離さないのだ。
人ごみではぐれまいと、父や母のシャツの裾を握り締める子供のように。
平凡で、泣きたいくらいに退屈な日常に埋もれまいと、私はもがいている。
埋もれて、はぐれて、つまらない女になりたくないと、あの部屋にすがっているのだ。

「悠子は、実家にはいつから帰るの?」
健介の声で、ふっと我にかえる。
「あ・・・金曜で仕事納めだから、その後に帰るよ。」
「俺も、金曜日で今年は終わりなんだよ。どうする?帰省する前に、一度会う?土曜にでも。」
そうか・・・。
帰省前に会わなければ、今日が今年最後のデートになるのか。
「ううん。土曜から実家に帰る。早めに帰って、今日のことも話し合いたいし。」
「そうか。そうだよな。それに、もしかしたら、今年の正月が独身最後の正月になるかもしれないんだしな。ゆっくり親孝行してこいよ。」
健介が、優しい笑顔を見せる。
そして、隣に置いていた小さな紙袋を私に手渡した。
「これ、クリスマスプレゼントな。俺に任すって言ってたから、俺の独断で選ばせてもらったから。」
それを受け取り、私も用意していたプレゼントの入った紙袋を渡す。
「今年はなんだろ。開けていい?」
健介が、嬉しそうに言う。
「どうぞ。私も開けるね。」
「どうぞどうぞ。」
包みを開けると、そこには、見覚えのあるネックレスが入っていた。
これは、私が夏の終わりごろ、健介と買い物に行ったときに見ていたネックレスだ。
軽い気持ちで、「欲しい」と言ったつもりだったのに。

あんな小さな出来事まで覚えていて、こうしてプレゼントしてくれる。
これほど大きな愛情を持った人に愛されて、結婚までしてくれると言うのに、どうしてこんなに空しい気持ちになるのだろう。
「うわー。これ、悠子がくれた財布と同じシリーズのやつだ。自分で買おうと思ってたけど、買わなくてよかったよー。ありがとな。」
嬉しそうに、キーケースを何度も触る健介を見ていると、涙が出そうになった。
「健介、ほんとにありがとう。」
震えそうな声を、ぐっと抑えながら私は言った。
そして、心の中で、「ごめんね」と付け加える。

いつから、私はこんな風になってしまったのだろう。
大きな愛情に包まれていても、心から笑えない。
石場と出会ったせいなのか。
私の心は、石場を求めているからなのか。

いや、違う。

石場も、石場と会うあの部屋も、全て私が作り上げた世界でしかない。
過去も未来も、日常の雑多な煩わしさも存在しない世界。
退屈な日常から飛び出したいと私が望んだとき、たまたま現れた石場という男を、その世界の住人に仕立てあげただけなのだ。
過去も未来も日常も、石場やあの部屋に存在しないわけじゃない。
私が知ろうとしなかっただけだ。知りたくなかっただけなのだ。
知ろうとしないから、感じないだけだったのかもしれない。
石場は、私が欲しがるものしか与えない男なのだから。

石場に会いたい。

今、私は強烈に彼を欲していた。
彼の元へと逃げたところで、私の出す答えは変わらない。この先に待っている生活だって、変わらない。
それでも、私は彼に会う。
ほんの少しの遠回りをするために、彼に抱かれることを望むのだ。

貰ったネックレスを健介に付けてもらいながら、私の心は既に石場の部屋へと向かっている。
石場の腕の中へ、飛んでいるのだ。

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