■純恋愛
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第四章 To be or not to be-6
一応、本当のクリスマスというのは、今日、25日であるはずだろう。
なのに、街のテンションは確実に昨日よりも冷め始めている。
私は、キーボードを叩く指を止めて、窓の向こうに視線を移す。
ほんの少し前に、新年を迎えたような気がするのに、もう1年は暮れていこうとしている。
コピー機の前で資料を抱えている真奈美に目を向けてみる。
一年前の今頃は、こんな気持ちで彼女を見つめる日が来るなんて、思ってもいなかった。
あの時、まだ彼女はただの同僚以外の何者でもなく、私の前でいつも笑っていた。

椅子に座ったまま身体を伸ばし、ゆっくりと首を回す。
全身に鉛のような重さを感じる。
そういえば、長い間エステに行っていないなと思い出す。
私の高校時代からの友人が、エステティシャンをやっているのだ。
お金に余裕があるときは、たまに通ってマッサージを受けたりもしていたのだが、最近は身辺にいろいろなことがあり、足が遠のいていた。
今日はクリスマスだし、自分へのプレゼントも兼ねて、彼女の施術を受けてみようかと思う。

携帯電話を掴み、そっと廊下へ出る。
携帯のメモリを操作して、友人、ナオの勤めるサロンの番号を探し出し、発信する。
数回のコールの後、美しい声の女性が、大手エステティックチェーンの名前を口にする。
「あ、私、小川と申しますが、上山さん・・・上山直美さんは、今日は出勤なさっておりますでしょうか。」
「上山ですね。おつなぎいたします。少々お待ちください。」
事務的な言葉の後、「エリーゼのために」が機械音で流れ始める。
主題を聞き終わり、リフレインしそうになったところで、ご無沙汰していた声が聞こえた。
「はーい。上山です。お待たせいたしました。」
「もしもし?ナオ?悠子です。」
「小川さんって、やっぱり悠子だったのね。久し振りじゃない。どうしたの?」
ナオは、特徴のある少し低い声で笑っている。
「今日、仕事終わったあとに、そっちに行こうかと思って。ナオのゴールドフィンガーで癒してよ。予約空いてる?」
「6時以降なら空いてるよ。」
「うん。6時半ごろには行けると思うから、予約入れといてよ。」
「うんうん。何?フェイス?」
「ううん。今日は全身やってもらうつもり。」
「うはー。どうしちゃったの。奮発するのねえ。新しい男でもできたの?」
ナオの声が、少し高くなる。
「そんなんじゃないわよ。1年の溜まった疲れを、ナオにほぐしてもらおうと思って。」
「何よ。そんなに疲れてんの?」
「まあね・・・。それに、色々積もる話もあるしさ。」
「クリスマスだってのに、私に会いに来てていいの?」
ナオの、少し呆れた声。
「こういうクリスマスもいいじゃない。仕事終わったあと、飲みながら少し話そうよ。」
「まあ、私は嬉しいけどね。久し振りに悠子に会えるんだから。」
「とりあえず、仕事終わったらすぐにそっちに行くわ。よろしくね。」
「うん。わかった。待ってるからね。」
「じゃ、あとでね。」
「気を付けて来てね。」

電話を切って、私はもう一度首をぐるりと回す。
最後にナオと話したのは、まだ夏の頃だった。
あれから半年も経っていないのに、ナオの声はとても懐かしくて、心のささくれ立った部分にちくちくと沁みた。
そんな些細なことで涙が出そうになっている自分に気付いて、私は少し深く息を吸い込む。
福岡に行けば、そう簡単にナオにも会うことはできなくなるのだろう。
普段は、頻繁に会うわけでもないくせに、そう考えると途端にナオが恋しくなった。
まっすぐに夢を追いかける、ナオのエネルギーが恋しい。
私は、携帯電話をポケットに納め、足早に事務所へ戻った。






仕事のあと、ナオの施術を受けながら、私はじっと目を閉じていた。
前に来たときよりも、ずっとうまくなっているマッサージを受けながら、私はなんとなく置いてけぼりを食ったような気分になる。
たった半年でも、ナオはこうして進歩し、日々夢に近づいているのだ。

同じ高校に通っていたナオは、その後大学に進学した。
しかし、美容に携わる仕事をしたいという夢を捨てられず、大学を中退して今の会社に入った。
将来、自分のサロンを持つという目的をしっかりと持っている。
高校を出て就職はしたものの、自分の行き先を決められずふらふらとしていた私は、そんなナオが眩しく見えて仕方なかった。
ナオの隣にいると、自分がとても小さな人間であることを思い知らされるようで、複雑な気持ちになったものだった。

「あんた、やっぱ身体固くなってんね。」
ナオが、私の身体をほぐしながら言った。
「あれこれ考えてると、この胸のとこの筋が固くなるよ。頭使うとね。」
「頭かあ・・・。使ってるようで使ってないけどね。」
私は、そう言って笑う。
「まあ、その辺りの話は後でゆーっくり聞かせてもらうわね。」
ナオが、私の顔を見ながら低い声で笑った。
「その、左手の薬指の指輪のことも聞かないといけないしね。」
ナオの特徴のある声を聞きながら、私はまたゆっくりと目を閉じる。
自分自身の話、ナオの話・・・あれこれ話したいことはたくさんあるけれど、今はとりあえず、ナオの技術を堪能しよう。
入社したばかりの頃、厳しい研修でおろおろしていたナオが、今こうして一人前のエステティシャンとなり、堂々とした振る舞いを見せていることが、少し誇らしかった。
高校時代、夢中で当時の彼氏の話をしている顔や、授業中にこっそり回ってきた手紙、学校帰りに二人で良くいった店のこと。
ナオとのいろんな時間を思い出しながら、私は束の間の眠りに付いていた。

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