「悠ちゃん、寒くない?」 裸のまま、ベッドの上に横たわっている私の身体に、石場がそっと毛布を掛けてくれた。 「大丈夫よ。暑いくらいだもの。」 エアコンの効いたこの部屋で、激しく抱き合ったばかりの身体は軽く汗ばんでいる。 ゆうべ、真奈美と話したときからずっと澱のように溜まっていた感情を、私は彼との行為にぶつけた。 いつも以上に激しく彼を求め、貪り、快感を声にした。 それでも、付いてくるのだ。 どんなに強く振り払っても、あの声が、笑顔が、私を追いかけてくるような気がする。 私は今、真奈美が替えたシーツの上で彼と抱き合っているのか。 そう思うと、じっとあの目で全てを見つめられているような気分になるのだ。 「いいね、この曲。」 彼が、私のプレゼントしたCDを聴きながら軽く身体を揺らしてリズムをとっている。 「好きそうだなと思って。」 「うん。好き。さすが悠ちゃんだな。」 彼はそう言うと、私の頭を優しく抱き寄せて軽くキスをした。
彼からのクリスマスプレゼントは、ティファニーのピアスだった。 シルバーの、小ぶりなものだ。 受け取ってすぐに私が付けて見せると、彼は運転しながらバックミラー越しに「すごく似合う」と笑って言った。
「真奈美からは・・・何か貰った?」 なるべくさりげなく、いつもと声色が変わらないように注意しながら私は聞いてみた。 「ああ。あそこに置いてある・・・あれを貰ったよ。」 彼も表情一つ変えずに、まるで世間話でもするかのように答えてくれた。 彼の指差した先には、サイドボードがある。 確かに、その上にはこの前まではなかったクリスタルの置物があった。 あのパジャマじゃないんだ・・・と、私はぼんやりとこの前見たグリーンのパジャマを思い出していた。
あの置物を、泣き喚いて床に叩き付けてやったら、この男はどんな顔で私を見るのだろう。 隣にいる彼に、そっと視線を移す。 25の女に「壮ちゃん」と呼ばれる男。 38にもなって、生きてきた時間の長さも歴史も、何も感じさせない不思議な男。 彼が、私の顔をそっと覗きこんで軽く微笑む。 笑うと、少し幼くなる表情。 身体の奥から熱いものがこみあげてきて、私は彼の胸に顔を埋めた。 「今晩・・・泊まってもいい?」 「明日、家まで送っていくよ。」 彼が私の髪を撫でながら、甘い声で答える。
あと3ヶ月もすれば、この部屋に来ることももうない。 この空間を、痺れるほど甘い時間を、隣にいるこの男を、全て手放して私は健介の元へ行く。 しかし、結婚についてはまだ彼には話していなかった。 話す必要などないと思ったのだ。 結婚する、福岡へ行く、会えなくなる・・・会えなくなれば、もう会わない。 それだけのことだ。 それ以上の意味は、私たちの間に存在するというのだろうか。 ただ、そこに彼がいるから求めていた。 彼を求める私がいたから、彼は受け入れた。 それだけのことではないか。 手を伸ばしても届かない距離にいるならば、もう求めることもないのだろう。 この時間を、彼の体温を。 そして、この部屋から私が消えても、彼は今までと何一つ変わることなく暮らしていくのだ。 私がいなくなったこのベッドで、今まで通り女を、真奈美を抱くのだ。
「悠ちゃんは、彼とは結婚しないよ。」
初めて会った夜に、彼が言った言葉を思い出す。 うそつき・・・。 私は、あなたの手が届かない遠い場所へと行くじゃないの。 もうすぐ、会えなくなるのよ。 こうして抱き合うことなど、できなくなるのよ。
軽く瞬きをすると、私の頬を熱いものがすっと落ちていった。 彼が少し驚いたような顔をして、それを優しく指で拭う。
私は、泣いているのか。
自分がどうして涙を流したのか、よくわからなかった。 何がこんなに、心を揺らしているのだろう。 彼は、何も言わず私をじっと見つめている。 喉の奥に、熱くて苦しい塊がぐっとこみ上げてくる。
「もう一度、抱いて?」 やっと搾り出した声は、掠れて力のないものだった。 彼はそっと私を抱きしめ、そのままシーツの上へと私を押し倒す。 彼と唇を重ねながら、部屋に流れる音楽に耳を澄ませる。 彼の息遣いの向こう側に聴こえる、ピアノとドラムと女性ボーカル。
真奈美よりも、誰よりも淫らな顔で彼を見つめたい。 そして、いつもよりずっと甘い声で喘いでやるのだ。
この曲を聴くたびに、私の身体を、肌を、体温を、手触りを。 何度も思い出せばいい。
彼にとっては、ほんのかすり傷程度の思い出だったとしても、いつまでもその傷が疼き、癒えなければいい。 この曲を聴くたびに、ほんのわずかでもその傷が痛み、血を流せばいい。
私は、彼の愛撫を受けながら、サイドボードの上の置物をじっと見つめていた。
あんたを抱きながら、彼は私を思い出せばいい。 私の中で果てた、その快感を思い出せばいいのに。
私は再び軽く目を閉じて、彼の背中を強く抱きしめていた。
|
|