■純恋愛
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第四章 To be or not to be-9
「悠ちゃん、寒くない?」
裸のまま、ベッドの上に横たわっている私の身体に、石場がそっと毛布を掛けてくれた。
「大丈夫よ。暑いくらいだもの。」
エアコンの効いたこの部屋で、激しく抱き合ったばかりの身体は軽く汗ばんでいる。
ゆうべ、真奈美と話したときからずっと澱のように溜まっていた感情を、私は彼との行為にぶつけた。
いつも以上に激しく彼を求め、貪り、快感を声にした。
それでも、付いてくるのだ。
どんなに強く振り払っても、あの声が、笑顔が、私を追いかけてくるような気がする。
私は今、真奈美が替えたシーツの上で彼と抱き合っているのか。
そう思うと、じっとあの目で全てを見つめられているような気分になるのだ。
「いいね、この曲。」
彼が、私のプレゼントしたCDを聴きながら軽く身体を揺らしてリズムをとっている。
「好きそうだなと思って。」
「うん。好き。さすが悠ちゃんだな。」
彼はそう言うと、私の頭を優しく抱き寄せて軽くキスをした。

彼からのクリスマスプレゼントは、ティファニーのピアスだった。
シルバーの、小ぶりなものだ。
受け取ってすぐに私が付けて見せると、彼は運転しながらバックミラー越しに「すごく似合う」と笑って言った。

「真奈美からは・・・何か貰った?」
なるべくさりげなく、いつもと声色が変わらないように注意しながら私は聞いてみた。
「ああ。あそこに置いてある・・・あれを貰ったよ。」
彼も表情一つ変えずに、まるで世間話でもするかのように答えてくれた。
彼の指差した先には、サイドボードがある。
確かに、その上にはこの前まではなかったクリスタルの置物があった。
あのパジャマじゃないんだ・・・と、私はぼんやりとこの前見たグリーンのパジャマを思い出していた。

あの置物を、泣き喚いて床に叩き付けてやったら、この男はどんな顔で私を見るのだろう。
隣にいる彼に、そっと視線を移す。
25の女に「壮ちゃん」と呼ばれる男。
38にもなって、生きてきた時間の長さも歴史も、何も感じさせない不思議な男。
彼が、私の顔をそっと覗きこんで軽く微笑む。
笑うと、少し幼くなる表情。
身体の奥から熱いものがこみあげてきて、私は彼の胸に顔を埋めた。
「今晩・・・泊まってもいい?」
「明日、家まで送っていくよ。」
彼が私の髪を撫でながら、甘い声で答える。

あと3ヶ月もすれば、この部屋に来ることももうない。
この空間を、痺れるほど甘い時間を、隣にいるこの男を、全て手放して私は健介の元へ行く。
しかし、結婚についてはまだ彼には話していなかった。
話す必要などないと思ったのだ。
結婚する、福岡へ行く、会えなくなる・・・会えなくなれば、もう会わない。
それだけのことだ。
それ以上の意味は、私たちの間に存在するというのだろうか。
ただ、そこに彼がいるから求めていた。
彼を求める私がいたから、彼は受け入れた。
それだけのことではないか。
手を伸ばしても届かない距離にいるならば、もう求めることもないのだろう。
この時間を、彼の体温を。
そして、この部屋から私が消えても、彼は今までと何一つ変わることなく暮らしていくのだ。
私がいなくなったこのベッドで、今まで通り女を、真奈美を抱くのだ。

「悠ちゃんは、彼とは結婚しないよ。」

初めて会った夜に、彼が言った言葉を思い出す。
うそつき・・・。
私は、あなたの手が届かない遠い場所へと行くじゃないの。
もうすぐ、会えなくなるのよ。
こうして抱き合うことなど、できなくなるのよ。

軽く瞬きをすると、私の頬を熱いものがすっと落ちていった。
彼が少し驚いたような顔をして、それを優しく指で拭う。

私は、泣いているのか。

自分がどうして涙を流したのか、よくわからなかった。
何がこんなに、心を揺らしているのだろう。
彼は、何も言わず私をじっと見つめている。
喉の奥に、熱くて苦しい塊がぐっとこみ上げてくる。

「もう一度、抱いて?」
やっと搾り出した声は、掠れて力のないものだった。
彼はそっと私を抱きしめ、そのままシーツの上へと私を押し倒す。
彼と唇を重ねながら、部屋に流れる音楽に耳を澄ませる。
彼の息遣いの向こう側に聴こえる、ピアノとドラムと女性ボーカル。

真奈美よりも、誰よりも淫らな顔で彼を見つめたい。
そして、いつもよりずっと甘い声で喘いでやるのだ。

この曲を聴くたびに、私の身体を、肌を、体温を、手触りを。
何度も思い出せばいい。

彼にとっては、ほんのかすり傷程度の思い出だったとしても、いつまでもその傷が疼き、癒えなければいい。
この曲を聴くたびに、ほんのわずかでもその傷が痛み、血を流せばいい。

私は、彼の愛撫を受けながら、サイドボードの上の置物をじっと見つめていた。

あんたを抱きながら、彼は私を思い出せばいい。
私の中で果てた、その快感を思い出せばいいのに。

私は再び軽く目を閉じて、彼の背中を強く抱きしめていた。

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