■純恋愛
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第五章 無明-5
コンビニの袋を握り締めたまま、私はしばらく部屋の中に立ち尽くしていた。
何からどんな風に考えていいのかがわからない。
とりあえずソファに座り、袋の中からビールや焼酎の瓶を取り出す。
缶を開けて、一気にビールを喉に流し込む。

他人から見れば、自業自得でしかないだろう。
自分が今まで健介を裏切ってきていたことを思えば、同じことをやり返されただけのことだ。
そんなことは、わかっている。
わかっていても、相手が真奈美となるとわけが違うのだ。

石場とのことで、真奈美が私に密かな復讐をしたのだとしたら、その目論見は大当たりだっただろう。
石場との関係をバラされるよりも、ずっと私に大きなダメージを与えることができた。
真奈美は遊びの相手に、健介を選んだ。
私が真剣に結婚を考えていた男を、セックスフレンドにしたのだ。
これほどの屈辱があるだろうか。
ビールを飲み干し、また新しい缶を開ける。
酒の味なんて、わからない。
ただ、何も考えられない状態になりたくて仕方なかった。
ひたすら酔えば、眠りという救世主が訪れてくれるだろうと思う。
ビールの軽いアルコールがもどかしく感じて、私はキッチンに向かい、マグカップを持って来る。
コンビニで買ったロックアイスをマグカップに詰め込み、そこに焼酎を並々と注いだ。
この部屋に、ロックグラスなどという洒落たものはないのだ。
いつも、コーヒーや紅茶を飲んでいるカップでロックの焼酎を飲む。
バッグの中で、携帯電話が鳴っている。
きっと、健介だろう。
私は、バッグを思い切り壁に投げつける。
焼酎を一口飲むと、また涙がこぼれてきた。
健介を失う悲しみで泣いているのか、それとも、これは悔し涙なのか。
声も出ない。ただひたすら、涙がこぼれるのだ。

焼酎の瓶が、残り三分の一ほどになった頃、石場のことをふと思う。
今、何をしているのだろう。
私が一人で酒を飲み、涙を流していることなど知らず、どこかの女と・・・もしかしたら、真奈美と会っているのだろうか。
マグカップを強く握り締める。
しかし、今日は土曜日か。
石場は、週末は仕事が忙しいといつも言っている。
だから、今日はずっと仕事をしているかもしれない。

初めて会った日、石場から名刺を貰っていたことを思い出した。
バッグを引き寄せて、中から手帳を取り出す。
サイドポケットに挟まれた、一枚の名刺。
石場のオフィスの住所と電話番号が書いてある。
それをぐっと握ったままで、焼酎をあおる。

本当に、今石場に会いたいのかどうかなんてよく分からない。
だけど、誰かと向き合って話したかった。
今日の出来事や自分の辛い気持ちを語りたいわけじゃない。どんな話でもいいのだ。
そう。できれば、私と健介からずっと遠い間柄の人と話したい。
悲しみに浸るのは、自分一人の時間だけで十分だ。
私に、健介以外の世界を取り戻させて欲しいだけなのだ。

私は、財布と部屋の鍵だけをコートのポケットに詰め込んで、部屋を飛び出した。
右手には、石場の名刺を握り締めて。
大通りでタクシーを拾い、石場のオフィスがある街へと向かう。
いきなり私が行けば、どんな顔をして迎えてくれるのだろうか。
行けば石場に会えるという保障なんてない。
だけど、携帯電話も持たず飛び出してきたのだ。
化粧も直していない。泣いていたから、化粧なんて落ちてしまっているだろう。
それでも、無防備な私を優しく抱きとめて欲しい。
あの声で、名前を呼んで欲しい。
私は、タクシーの窓に額をつけ、ぼんやりと流れる風景を見つめていた。

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