コンビニの袋を握り締めたまま、私はしばらく部屋の中に立ち尽くしていた。 何からどんな風に考えていいのかがわからない。 とりあえずソファに座り、袋の中からビールや焼酎の瓶を取り出す。 缶を開けて、一気にビールを喉に流し込む。
他人から見れば、自業自得でしかないだろう。 自分が今まで健介を裏切ってきていたことを思えば、同じことをやり返されただけのことだ。 そんなことは、わかっている。 わかっていても、相手が真奈美となるとわけが違うのだ。
石場とのことで、真奈美が私に密かな復讐をしたのだとしたら、その目論見は大当たりだっただろう。 石場との関係をバラされるよりも、ずっと私に大きなダメージを与えることができた。 真奈美は遊びの相手に、健介を選んだ。 私が真剣に結婚を考えていた男を、セックスフレンドにしたのだ。 これほどの屈辱があるだろうか。 ビールを飲み干し、また新しい缶を開ける。 酒の味なんて、わからない。 ただ、何も考えられない状態になりたくて仕方なかった。 ひたすら酔えば、眠りという救世主が訪れてくれるだろうと思う。 ビールの軽いアルコールがもどかしく感じて、私はキッチンに向かい、マグカップを持って来る。 コンビニで買ったロックアイスをマグカップに詰め込み、そこに焼酎を並々と注いだ。 この部屋に、ロックグラスなどという洒落たものはないのだ。 いつも、コーヒーや紅茶を飲んでいるカップでロックの焼酎を飲む。 バッグの中で、携帯電話が鳴っている。 きっと、健介だろう。 私は、バッグを思い切り壁に投げつける。 焼酎を一口飲むと、また涙がこぼれてきた。 健介を失う悲しみで泣いているのか、それとも、これは悔し涙なのか。 声も出ない。ただひたすら、涙がこぼれるのだ。
焼酎の瓶が、残り三分の一ほどになった頃、石場のことをふと思う。 今、何をしているのだろう。 私が一人で酒を飲み、涙を流していることなど知らず、どこかの女と・・・もしかしたら、真奈美と会っているのだろうか。 マグカップを強く握り締める。 しかし、今日は土曜日か。 石場は、週末は仕事が忙しいといつも言っている。 だから、今日はずっと仕事をしているかもしれない。
初めて会った日、石場から名刺を貰っていたことを思い出した。 バッグを引き寄せて、中から手帳を取り出す。 サイドポケットに挟まれた、一枚の名刺。 石場のオフィスの住所と電話番号が書いてある。 それをぐっと握ったままで、焼酎をあおる。
本当に、今石場に会いたいのかどうかなんてよく分からない。 だけど、誰かと向き合って話したかった。 今日の出来事や自分の辛い気持ちを語りたいわけじゃない。どんな話でもいいのだ。 そう。できれば、私と健介からずっと遠い間柄の人と話したい。 悲しみに浸るのは、自分一人の時間だけで十分だ。 私に、健介以外の世界を取り戻させて欲しいだけなのだ。
私は、財布と部屋の鍵だけをコートのポケットに詰め込んで、部屋を飛び出した。 右手には、石場の名刺を握り締めて。 大通りでタクシーを拾い、石場のオフィスがある街へと向かう。 いきなり私が行けば、どんな顔をして迎えてくれるのだろうか。 行けば石場に会えるという保障なんてない。 だけど、携帯電話も持たず飛び出してきたのだ。 化粧も直していない。泣いていたから、化粧なんて落ちてしまっているだろう。 それでも、無防備な私を優しく抱きとめて欲しい。 あの声で、名前を呼んで欲しい。 私は、タクシーの窓に額をつけ、ぼんやりと流れる風景を見つめていた。
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