■純恋愛
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第五章 無明-7
あれから、何日こうしているのかはっきりしなかった。
眠くなるまで起きて酒を飲み、時折何か軽いものを食べ、ぼんやりとテレビを見つめて過ごしている。
起きてすぐにコンビニに行って、酒を買ってくるのが日課になっていた。
健介から、何度も電話が掛かってきていたが、一度も出ていない。
母からも電話がある。だけど、出られない。何からどんな風に話せばいいのか。

いつまでも、こんなことを続けるわけにはいかないのだ。
全てに、はっきりと決着を付けなければならない。
このままいけば、婚約破棄になるのだろう。
私は、ベッドに倒れこんで深く目を閉じる。
瞼の奥に、結婚を喜んでいた父や母の顔が浮かんでくる。
また、涙がこぼれてくる。
何度も何度もこうして泣いたはずなのに、どこからか湧き出すように溢れてくる。
私の瞼は、もうずっと腫れたままなのだ。

上司に結婚を報告し、会社も辞めた。
お互いの親も親戚も、私と健介が結婚するものだと信じているのだろう。
これが壊れてしまったとしたら、一体どうなるのか。
この先の私は、健介は、どうなるのだろう。
これも、真奈美の計算どおりなのか。
それとも、まさか私にバレるとは思っていなかったのか。

ビールを飲もうと冷蔵庫を開けると、そこにはミネラルウォーターしか入っていなかった。
もう飲みつくしてしまったのか。
私は上着を羽織り、酒を調達するためコンビニへと向かう。
酒を買って店を出ると、タバコの自販機が目に入った。
健介に抱きしめられると、いつもタバコの匂いがした。
健介が部屋に残していく匂いだ。

私は、たまらなくなってその場にしゃがみこむ。
健介に会いたくて仕方がなかった。
電話が鳴るたび、声を聞きたくてたまらなくなった。
それでも、全ての答えを出すのが恐くて、私は身動きが取れずにいるのだ。
胸をかきむしりたくなるほど、痛い。
ポケットに手をつっこみ、酒を買った釣銭を自販機に投入する。
健介が吸っていたのと同じ銘柄のタバコを買い、それを握り締めて部屋へと戻った。


部屋へ戻り、持っていた袋を投げ出したままでソファに突っ伏した。
今、私は思い知らされているのだ。
どれほど、健介を必要としていたのか。
当たり前だと思っていたぬくもりが、消えて、冷えていく苦しさを。
目をこすると、泣き過ぎて爛れているせいかひりひりと痛んだ。
タバコの封を開けて、一本口に咥える。
健介が来たときのために、テーブルのかごに入っていたライターで火を付けた。
煙をそっと吐き出すと、懐かしい匂いが私の周りを包み込んだ。
思い出したくて、取り戻したくて、何度も煙を吸っては吐き出した。

これから、どんな現実が襲い掛かってくるのだろう。
もう、どこにも逃げ場はないのだ。
いくらこの現実から逃げたい、今ここから消えてしまいたいと思っても、私が逃げ込める場所はもうない。
あんな風に思いをぶつけてしまった石場とは、もう会うこともできないだろうと思った。
彼が求めているのは、あんな私ではないのだ。
酒に酔い、全てを剥きだしにして襲い掛かるような、あんな私ではない。
真奈美のことも、健介のことも別の世界の出来事のように接してきたのに。
彼は、私の背後にその世界を見ることを望んでいた。
決して、それと真っ直ぐ向き合うことやぶつかり合うことを望んでいたのではない。

なんと脆いつながりだったのだろう。
素肌で抱き合っても、身体の奥深くで繋がっても、私たちの間には何も生まれなかったのか。
そこにあったのは、うたかたの夢に酔いしれ、タブーを侵すという非日常に溺れた自分だけだ。
それでも心のどこかで、あの甘い、痺れるようなときめきをまだ求めている。
健介に会いたいと思いながら、もう一人の私もまた、石場を強く求めているのだ。

だけど、もう、私には何もない。
この現実から逃げる手段など、石場を失った今はもうないのだ。
何も変わらないように電話をすれば、またきっと会ってくれるのだろうと思う。
でも、そこには胸を焦がすようなドラマなど存在しないのだ。
矛盾と混沌と残酷だけが残った関係など、私も彼も欲しくはない。
私が欲しいのは、全てを忘れさせてくれるような甘い時間とあの部屋で彼が見せてくれた、うたかたの夢だけなのだから。

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